聖句「主は王だ。地は小躍りし、多くの島々は喜べ。詩97.1

2001年10月2日 VIP大手町での証し

日本原子力発電滑ト査役 山徳 真哉

あなたを形造った方、主はこう仰せられる。
「恐れるな。わたしがあなたを贖ったのだ。
わたしはあなたの名を呼んだ。
あなたはわたしのもの。
あなたが水の中を過ぎるときも、
わたしはあなたとともにおり、
川を渡るときも、あなたは押し流されない。
火の中を歩いても、あなたは焼かれず、
炎はあなたに燃えつかない。
わたしが、あなたの神、主、
イスラエルの聖なる者、
あなたの救いの主であるからだ。…。
わたしの目には、あなたは高価で尊い。
わたしはあなたを愛している。…。イザヤ43.4
わたしがあなたがたを愛したように、そのように、あなたがたも互いに愛し合いなさい。ヨハネ13.34
イエスは三度ペテロに言われた。「ヨハネの子シモン。あなたはわたしを愛しますか。」ペテロは、イエスが三度「あなたはわたしを愛しますか。」と言われたので、心を痛めてイエスに言った。「主よ、あなたはいっさいのことをご存じです。あなたは、私があなたを愛することを知っておいでになります。」イエスは彼に言われた。「私の羊を飼いなさい。まことに、まことに、あなたに告げます。あなたは若かった時には、自分で帯を締めて、自分の歩きたい所を歩きました。しかし年をとると、あなたは自分の手を伸ばし、ほかの人があなたに帯をさせて、あなたの行きたくない所に連れて行きます。」これは、ペテロがどのような死に方をして、神の栄光を現すかを示して、言われたことであった。こう話されてから、ペテロに言われた。「わたしに従いなさい。」ヨハネ21.17−19。

わたしは

1943年広島県呉市で6人兄弟姉妹の5番目三男として生まれました。私たちを産んだ母は戦後まもなく亡くなり、戦争で夫を亡くした新しい母が私達の母となりました。新しい母は私が大学生の時イエスキリストを受け入れ信仰を持ちました。そして私の周りに多くのイエスキリストを信じる者が起こされてまいりました。山徳家にとってはまさに宗教改革の始まりでした。 

父は浄土真宗の家に育ちその生活を守っていましたが、病苦との戦いの中、死ぬ3年前にイエスキリストを受け入れ救われました。私は大学で原子力を学び原子力発電の会社に勤めることになり、結婚し東海村に住むことになりました。この東海村で妻はイエスキリストを受け入れました。そしてその6年後私もこの東海村でイエスキリストを受け入れました。

わたしの二人の姉もイエスキリストを受け入れ救われました。二番目の姉の夫である義理の兄はイエスキリストを受入れ救われました。下の妹は小さい時養女として遠くに参りました。一番上の兄は小さい時亡くなりました。二番目の兄は今ははっきりと受け入れておりません。兄の妻である義理の姉はイエスキリストを受け入れ救われております。
わたしの妻の両親も救われました。私の妻のただ一人の妹夫妻も救われました。
神さまはイエス様を罪からの救い主であると信じる信仰をいろいろな過程をとおして広げておられます。全てのものがイエスキリストに出会い救いに預かることができますように。
私の場合、母が洗礼を受けるといった時、死後自分と全く違う世界に行くという気がして大変辛い思いをしました。しかしその後だんだんにキリスト教というものに親近感を持つようになりました。それで父、そして私の妻が洗礼を受ける時もむしろ応援するようになっていたと思います。すすめられて教会にも時々行くようになりました。ある集会では、聖書を読んでいらっしゃいますかと問われて、聖書の存在にに気づかされました。あるときは聖書歴史地理という本をながめながら壮大な神の支配の歴史に驚かされました。しかし信じる決心を求められると私の中のものがノーと拒絶するのです。そして父の死から5年目、父の墓参りから帰る道で、キリストについて何も知らないのに信じる信じないもない、よく知ろうと決心しました。

それから毎週礼拝に出るようになりました。夏休みには家族でバイブルキャンプに参加しました。この時イエスキリストを信じることは大変な事である。古い自分をすべて十字架につけ新しい神の霊により生まれ変わることであるということを知りました。こうして1年が経ちましたが、この間、私の生きている姿がいかに自分中心の思いに基づいているのか、いかに自分の為にのみ時間を費やしているのかに気づかされました。子供たちが成人する時、何があるのだろうかという将来に対する不安が、時々、心をかすめるようになっておりました。しかし、いくらイエスを信じるようにすすめられても、神に対して自分を守ろうとする自我の反発に打ち勝てず、受け入れることができませんでした。

そして1980年教会の伝道集会で自分中心の大罪に対して、甘く、怠惰で、高慢であることを迫られまして、イエスキリストを受け入れますと、講師の先生の招きに自分の心の戸が開かれて、挙手することができました。半開きの戸から引きずり出されるようにして信じることができたのです。しかし、この後の解放感は実にすがすがしいものでした。宇宙の創造主である神のご支配に入れられているという神秘な厳かな思い、また、クリスチャンの方々から頂いた温かい祝福の言葉は、全く別世界の喜びであることを実感いたしました。今思い起こしながら多くの人たちの愛、背後の祈りに感謝しなければならないという思いがせまってきます。

今それから20年余がたちました。いろいろな試みに会いながらも、イエス様の十字架を仰ぎ、聖書のみことばにみちびかれ、イエス様を愛する人々の交わりに加えていただき、今日に至りました。

Life begins with relations. ということばをある宣教師から聞きました。確かにイエスキリストを受け入れてから私の生きる様子は変わりました。今までの生活の中に神様が中心を占めるようになりました。週末の過ごし方が変わりました。教会の人達と過ごすようになりました。私の場合妻はすでに受け入れておりましたので妻と子供と過ごす時間が圧倒的に多くなりました。聖書を読み祈り教会へ行き教会の人達との交わりに加わるようになりました。必然的に自分独りで過ごす時間、会社の人達、その他今までの交友関係が変わってきました。

それまで神の存在、聖書の真実を知らず否定して自分の考えで高揚したりいろいろ迷い空しい思いに沈んだりしておりました。しかしこの宇宙の創造の不思議、生命の誕生、人の心の真実を求めることの不思議を思う時、聖であり愛である創造主なる神がおられ、その神は人を愛し、罪のゆえに神から離れ迷っている人を神に立ち返るよう願われ、イエスキリストの犠牲を通して神と人との関係を修復してくださった、ということを心の底から喜び素直に受け入れることができます。 この宇宙をご支配されている神様イエス様のみことばに接し祈ることができることは最高の幸せであります。

 

私は家族との関係においても聖書の言葉に助けられて今日までたどり着きました。日本の家族制度の中で育った私には聖書の妻と夫の関係を示した言葉は革命的でした。マルコ10.6でイエスはこう言われております。「創造の初めから、神は、人を男と女に造られたのです。それゆえ、人はその父と母を離れて、ふたりの者が一心同体になるのです。それで、もはやふたりではなく、ひとりなのです。こういうわけで、人は、神が結び合わせたものを引き離してはなりません。」妻と私の関係はにかわでくっつけられたように一つである、というのです。またエペソ人への手紙の中でパウロは次のように言っています。「夫たちよ。キリストが教会を愛し、教会のためにご自身をささげられたように、あなたがたも、自分の妻を愛しなさい。」私たち夫婦にはいろいろな危機がありましたが、私たちはこの言葉で守られてきました。これからもしっかりと心に刻みこんでいかなければならないと思います。私たちの結婚式の時牧師から頂いた言葉なのですがその当時は聖書を知らず、ぼんやり聞いていましたが、それがどれほど夫婦関係の奥深い真実を語ったものであったかを、今あらためて実感しております。私も結婚式に招かれて話をするさいには必ず言うことにしています。
それから、気がかりなことは子供たちのことです。パウロは父たちに次ぎのように言っています。「父たちよ。あなたがたも、子どもをおこらせてはいけません。かえって、主の教育と訓戒によって育てなさい。」「彼らを気落ちさせないためです。」子供たちは子供の頃は教会学校に行っておりましたが今は教会から離れております。女、男、男の3人ですがそれぞれの導かれ方でイエス様を受け入れております。彼らを気落ちさせないように私はしっかりと立たなければなりません。私たち家族はほんとに足りないものどうしです。苛立ってケンカをします。主イエスキリストを中心にしなければ一致はないこと、イエスキリスト以外に人の心を喜びで満たすものはないことをひとりひとり体験し自立して欲しいと願っています。

それから、目に見える教会、目に見えない教会といいます。見えない教会とは、過去、現在、未来にわたって神が御子の血で贖いとった者の集まり、この見えない教会は見える教会としてこの世に存在し活動するといいます。これまでのことを思い起こしますと、この世の見える教会においては、イエス様とともにある天国を思わせる豊かな交わがあります。しかし、その中には、サタンの働きによるクリスチャン同志の対立、離反、憎しみ、戦かいがあります。……。大変悲しいことであり辛いことであります。東京に来て12年間連なった愛する教会を5年前に離れました。その後その教会との関係は不自然なものとなりました。このことは私の中で痛みとしてあります。わたしの乗り越えなければならない課題です。

いつも思い浮かべる聖句があります。イエスが十字架にかかる前に弟子たちに言われた戒めです。ヨハネ13.34-35。「あなたがたに新しい戒めを与えましょう。あなたがたは互いに愛し合いなさい。わたしがあなたがたを愛したように、そのように、あなたがたも互いに愛し合いなさい。もしあなたがたの間に愛があるなら、それによって、あなたがたがわたしの弟子であることを、すべての人が認めるのです。」ずっとまえわたしがこの個所を引用した時わたしの牧師は「わたしがあなたがたを愛したように」というのは、イエス様が私たちのために十字架の死をとげて下さったように、そのように互いに愛せよと言うことだと教えてくださいました。それがキリストを愛するものの証しであるというのです。イエスの弟子たちはそのように証ししました。そして今の私たちに伝えられてきたのです。私たちも互いに愛し合っていかなくてはなりません。大変困難な道であります。サタンとの戦いであります。

サタンとの戦い。

聖書は言っています。「私たちの格闘は血肉に対するものではなく、主権、力、この暗やみの世界の支配者たち、また、天にいるもろもろの悪霊に対するものです。」「すべての祈りと願いを用いて、どんなときにも御霊によって祈りなさい。そのためには絶えず目をさましていて、すべての聖徒のために、忍耐の限りを尽くし、また祈りなさい。」エペソ6.12−18。また聖書は信仰生活についてこう言っています。「神のみことばをあなたがたに話した指導者たちのことを、思い出しなさい。彼らの生活の結末をよく見て、その信仰にならいなさい。」ヘブル13.7。わたしは次の人たちの結末、天国への旅立ちを思い出します。

東海村のKさん。病名はベーチェット病という。壮年になって失明された。眼圧が高く、数日おきに頭をハンマーで打たれるような激痛に襲われ、失神される。奥様とは離婚され子供さんも家を出られて一人暮らし、という大変な状況にあるKさんが救いを求めて教会を訪ねてこられた。一年余り教会の礼拝に出られイエスを信じますと招きに応じられた後、薬を飲まれて自ら命を絶たれた。一軒家に住んでおられたが一切火の気を使われない毎日で、迎えにいくと凍るように冷たい手をされていたこと、帰りにはさつま揚げを買って欲しいといわれたこと、礼拝では講壇の真ん前の席でテーブルに手をあて姿勢を保たれていた姿が忘れられない。自殺を決心されたKさんは牧師に電話で木曜日にお会いしたいと言われた。牧師にはイエス様を信じています、しかし良くわからないですといわれたという。そして木曜日の前夜80錠の薬を飲まれて浴室で亡くなった。その時、イエス様はよく戦ったと真実にKさんにその愛を示されたことと思う。それは、御心であったと思う。

石神井のFさん。大学の助教授であった30才の前半に結核に侵され、気管喘息、腎臓透析、最後にはガンにおかされ、肉体の極限の苦しみの中で戦いとおして81才で召天された。70才のころから私のいる教会に来られるようになった。離婚され一人暮らしであった。その頃には結核はよくなられていたが週3回の透析に通われるようになっていた。情熱的にいろいろ自分の考えを話する人で、聖書の口語訳がもっと内容を正確に心に伝わるように訳されていれば、もっと多くの人が聖書を読むことをとおしてキリストに導かれるのにとしきりに説かれた。旧制中学の時、文語訳新約聖書のロマ書を読んで救われた経験からである。チャレンジ精神に富むFさんは、喘息で苦しんでいる時、ヨブ記を訳することを試みようと思い立たれた。そしてその翻訳がFさんにとってライフワークとなった。ヨブ記私訳のまえがきで次のように記されている。「宗教改革ののろしをあげたルターの格調高い独逸語訳によって、独逸語は完成されたといわれる。同胞に伝道するためのこのような努力を、わが国で聖書にたずさわっておられる方々が、もっと思い出していただければと願う。」神の愛への感謝を説かれた。Fさんが入院され見舞いに行くとその端正な容姿にいつも励まされた。教会で見るFさんより数等立派に見えた。病室の勇士であった。ある時は肉体の苦しみの中病院から友人に苦しいので祈ってくれと言う電話があった。召される数日前病室を見舞った。日当たりの良い個室で一人安らかな顔で寝ておられた。声は掛けないで一時見守り祈って帰った。口元はガンで腫上がり、腕は注射跡でぼこぼこになり、鼻には管を通しておられたが安らかに横たえておられた。本当に平安な顔をしておられた。そして召天された。

 

遠い親戚のKさん。息子さんを亡くされ、まもなく本人も亡くなられたのであるが、亡くなる前、イエス様の話が聴きたいと願われ、私は聖書を持って妻と病院を訪ねた。奥様も病気で同じ病院に入院されていた。娘さんが看病されていたが、息子さんが亡くなられた後であり、大変衰弱され病室は暗く深い悲しみが覆っているように思えた。私は息子さんが亡くなる時にお読みした聖書個所と同じ個所、ヨハネ17章、をお読みした。そして手を取り共にお祈りした。それから数日後にKさんは召天された。後に娘さんから父のあの祈っている時の喜びの表情は忘れられないといわれた。その後奥様と娘さんはイエス様を信じ洗礼を受けられた。

イエスは答えて言われた。「この水を飲む者はだれでも、また渇きます。しかし、わたしが与える水を飲む者はだれでも、決して渇くことがありません。わたしが与える水は、その人のうちで泉となり、永遠のいのちへの水がわき出ます。」ヨハネ4.13−14。わたしは聖書の学びの集いが好きです。夕食後有志が集い学ぶ会。子供たちと聖書を読む家庭礼拝。VIPでは、今月曜日の朝パレスホテルで各自与えられたみことばを紹介し少しお話するときに参加させていただいております。わたしの大きな喜びです。

私の会社の事務所は大手町ビルにあります。パレスホテルの集いは8時半ごろ終わりますので大手町ビル富士銀行ビルKDDビルの一帯を2回ぐらい回りまして9時に事務所に入ります。多くの人達がそれぞれの今日の仕事を考えながら会社に向かっています。我が社の人達にも出会います。あまり輝いた顔をしていません。疲れた表情をしています。先日は私と同期に会社に入った友人が狭心症で急死しました。葬儀で久しぶりに会ったあった同期の友人に帰りの電車の中で週末はどのように過ごしているか尋ねました。そして信仰についてひとことふたことは話しました。その後私の教会の聖歌隊の賛美コンサート「メサイア」にお誘いしたら、行こうという事になりご夫婦で一緒に参ることができました。
現実には罪が私たちを覆っている。しかしこの宇宙をご支配されている聖であり愛であられる神がおられ、その御子イエスキリストのうちにあって生きることができる。残り少なくなった人生、主イエスキリストにあることの素晴らしさを、もっともっと体験し伝えなければと思います。希望が湧いてきます。

これから

いろいろなことがあるでしょう。私はこの証しを準備している時、キュブラー・ロスの「人生は廻る輪のように」The wheal of life という本を読み始めました。そこの言葉に共感しました。「生のどの時点にあっても、人は歩んでいくべき方向を示唆する手掛かりをつかめるものだ。それに気づかない人はへたな選択をして、みじめな人生に終わる。細心な注意を払う人はそこから教訓をまなびとり、良き死をふくむ良き生をまっとうする。」

具体的に聖書は言っています。「兄弟愛をいつも持っていなさい。旅人をもてなすことを忘れてはいけません。こうして、ある人々は御使いたちを、それとは知らずもてなしました。牢につながれている人々を、自分も牢に入れられている気持ちで思いやり、また、自分も肉体を持っているのですから、苦しめられている人々を思いやりなさい。結婚がすべての人に尊ばれるようにしなさい。寝床を汚してはいけません。なぜなら、神は不品行な者と姦淫を行う者とをさばかれるからです。金銭を愛する生活をしてはいけません。いま持っているもので満足しなさい。主ご自身がこう言われるのです。「私は決してあなたを離れず、又、あなたを捨てない。」」へブル13.1-5。

私があなたがたを愛したようにそのようにあなたがたも互いに愛し合いなさい。