トラバ−ユ大作戦

田路俊章 (Toshiaki Taji)

■氏はオ−サカ・ユニ−ク(株)常務取締役。本稿は2001年3月13日(火)、アイル・モレ・コタにおけるインタ−ナショナルVIPクラブ<大阪>での証の原稿です。

1. はじめに

お話の前に少しいいお話しがあります。私事ですが・・。私が好きな聖書の言葉に、「人は心に信じて義と認められ、口で告白して救われるのです」という有名な言葉があります。人生の成功のエキスがこの中にある、と思うのです。「少しも疑わず、本当に信じて、口でも告白するなら、必ずそのことは起きてくる」ということです。私どもの会社では、今年初めて、社員が目標数値を上げてがんばろうと、正月に年初の決意表明を致しました。

その関係上、社員だけでなく私自身も数値目標をあげてがんばろうとの思いから、ダイエットに取り組みました。「1月5日現在72kgあった体重を、4月1日には63kgにしよう。その方法は、Y2K、つまり良く歩き、過食、間食を慎む。夜10時以降は食べない」と決めました。その結果、3月12日の時点で64.5kgまで減りました。目標までもう一息です。体重計に乗り、自分のダイエットの進み具合を見るのが楽しみです。

2. 私の会社

私どもは、ビルの総合管理を営む会社です。すなわち、ビルの清掃、警備、設備の管理などの委託を受け、人を派遣して業務を行うという、フェイスツーフェイスのアナログ的な会社です。また、仕事の性格上、第二、第三の働きの場とされる高齢の方々が多く、現場の平均年齢が実に60歳という企業です。

本日は、私自身が5年前に41歳で18年間勤めた通信業界のNTTから、この全く世界の違うメンテナンス業にトラバーユした経緯と、当社にトラバーユされて来られた多くの方々を見てきた経験からお話しさせて頂きます。

先日、当社の総務課長を職安で月給30万円で募集しましたところ、2日間で46名の多くの方々から応募がありました。あまりの反響に職安の方でも募集をストップされ、その46通の履歴書の中から選択することになりました。関関同立の出身者やそごうその他の大企業、銀行等からも応募があり、そのほとんどが45歳から55歳の働き盛りの方々でした。昨今の日本は失業率4.9%、企業の近視眼的な収支改善策としての安易なリストラ策によって、多くの中高年の方々が路頭に迷っておられるのを目の当たりにして、背筋が寒くなるのを感じました。

大企業は、バブル経済の破綻によって生じた収支の改善をリストラに求め、そのつけがITに乗り遅れた働き盛りの中高年に回って来ている、そんな感じがします。これらの方々は、これまでの日本経済の高度成長を支えて来た世代です。日本の企業倫理、企業理念は一体どこに行ってしまったのでしょうか。このような右肩上がりの経済成長の終焉という苦難を通して、私達は、今、人生の中で何が大切なのか、人生のしっかりとした土台を築いているのか、を問われているように思います。

3. 青年期の彷徨

私の遍歴を少し紹介します。商社マンの父は、私の青少年期のほとんどを海外で暮らし、経済的には少々恵まれてはいましたが、私は、教育ママゴンの走りをいく母の敷くレールに乗せられて、一応優秀と言われる高校を出て、有名国立大学にも入りました。しかし、自己形成を置いてきぼりにしてきた小中高校時代の反動からか、大学では、一人身の下宿で、内省と自己の何たるかを求めて、勉強そっちのけで彷徨い続けました。

人生70年とダブらせて、自己の肉体的限界の向こうにあるものを求めて、70kmを一晩で走り通したこともありました。その結果得たものは、自己満足、自己アピールに走る自己の表層と、授業も休んで3日間床に伏せた程の肉体の痛みのみでした。ある時は、奈良の禅寺の門をたたき、住職と共に過ごし、掃除という座禅、皿洗いという座禅、そして実際の座禅を通して、この宇宙と一つになろうと試みました。僧侶の警策という鞭打ちを自主的に求め、僧侶の通る度に、私の肩を思いきりしばいてもらいました。1週間の座禅の結果は、肩の腫れと、またしても自己満足だけでした。

次に飛び込んだのは、心理学の一種のカウンセリング。「エンカウンターグループ」と題して、10畳一間に老若男女を問わない全くはじめての方々と、3日間顔と顔を合わせてのグループカウンセリングを行ないました。しばらくの全員沈黙の中、自ら勇気を振るって発言しました。「皆さんは、貴重な時間を沈黙で消極的に逃避されるのですか?」。それを聞いたある中年サラリーマン風の男性に一喝されました。「君は何をもって、沈黙せる人の状態を無駄と断定するのか。人は沈黙の中に多くの生産をしているかもしれないのに、君のものの見方の傾向には、自分の色眼鏡で人を見るきらいあり」と。

そんな人との裸の交流の中、次第に自己発見をしていきました。心理学の助教授に気に入られ、というより学術的に興味をもたれ、マンツーマンの無料指導も受けました。恋愛、ダンパでゴーゴーダンス、沖縄をヒッチで一人旅、ギタークラブ、テニスクラブと、私の大学時代は、専門の工学部土木学科以外は悔いなしというほどに、自己発見の旅に没頭しました。そうそう、サルトルの実存主義の本を抱えて、広島の山奥に1週間こもったこともありました。専門を忘れ、1年間教育学部に通って、1年間を自主留年致しました。そんな自己追求の果てに、自己の真の姿は虚無以外の何物でもないこと、自分の行動の中心には真に愛と呼ばれるものはないこと、そして、自己の存在は自己中心の何物でもないことを気付かされました。

その結果、私は生きる術(すべ)を失いました。「高学歴も、将来の大企業就職、高収入の約束も、自分の人生に何の意味を持たない。自分の行動の全てが自己中心をごまかした行動に過ぎないとしたら・・・」。私は、本当に自殺を考えました。他人は贅沢病と言うかもしれません。しかし、この虚無の存在は、私の生きる全ての目的を無にしてしまいました。

そんな折、私がはじめて求めたキリスト教の門、それが、あのマインドコントロールのはしりといわれた統一協会とは知らずに、真理に乾ききった海綿が水を吸うごとく、私はあっという間にその虜になってしまいました。家族からマンション軟禁を受ける中、真摯な牧師の説得により、約3週間かかって、ようやく目が醒めました。その時、母は、腸(はらわた)のちぎれるような涙からの必死の救出に、21歳の息子の手を握り締め、「きつねつきにつかれた俊章が帰ってきた」と何度も口ずさみ、私は、その母の隣りで手を握られながら眠りにつきました。

しかし、一旦洗脳された頭はそう簡単に元には戻れず、大変苦しみましたが、1975年12月21日の日曜日、自分の存在を確かならしめるものが創造主なら、それに賭けてみようと、清水の舞台から飛び込む気持ちで洗礼を受けました。21歳の冬でした。それでも空しさを心に抱えつつ教会に通う中、2ヶ月後の1976年2月22日、日曜礼拝の中で、ヨハネの福音書の「私は良き羊飼い。良き羊飼いは、羊のために命を捨てる」とのメッセージに、今まで味わったことのない、魂の奥底からくる大きな喜びに満たされたのです。「私は、創造主に生かされ、愛されている」。「生きていて良かった! 本当に良かった!!」と、生まれて初めて強く感じたのです。2年間程この圧倒的な喜びに満たされ続けました。

4. 私のトラバ−ユ

1977年4月、奇跡的にも当時の電電公社に推薦で入社が許され、一見順風満帆の船出に見えましたが、転勤転勤と半年ごとに変わる新しい仕事と任地でのなれない教会慣習になじめず、社会生活の適応に手間取りました。NTT民営化後もすぐ改革の旗頭に選ばれて、組織横断見直し再構築とシステム化にやり甲斐を感じたこともありましたが、多くの場合は、形式主義、出世の早道は迎合とばかりに「迎合」が横行し、本質的目的を見失った官公庁スタイルの仕事に嫌気のさすことも多々ありました。大阪府との第3セクターで、住民生活に即応した電波障害解消施設の構築と泉佐野を中心としたCATV構想の計画、企画、建設にたずさわり、住民に直接役立てる仕事をと張り切るも、各企業のエゴと大阪府の責任逃避の仕事振りに辟易していました。

課長2年目の40歳の時でした。ある朝、ふと迷いもなく自分の将来が見通せた気がしました。「このままNTTにいるなら、背中にある自由の羽がもぎとられ、地位名誉はあるが、人間らしさを失った恐ろしい存在になる。私が本当にしたいのは老人福祉の道だ」。朝夕の祈りの中に、聖書から「空を打つ健闘をするな」とのみことばとともに、自分の行くべき道を示された思いがしました。一点も曇りなき決断でした。

希望退職申請後、1年して晴れて新たな道に飛び出しました。準備していたマッサージ(手技)の道も、有名な治療士に見初められて交わした契約でしたが、退職間近に、その人の名声のために自分が利用されていることに気がつき、NTT退職寸前に契約を破棄しました。その結果、自分の次の道を見失いました。祈りに祈った結果、義父の経営する現在のビルメンテナンス会社の仕事に活路を見出すことができ、今は、「元気なシルバーに良き仕事の場を」をモットーに、働きやすいシステム作りに励んでいます。

大企業のNTTを退職して、6年目になります。当初は、商店主のどんぶり勘定に振り回されていましたが、少しずつ私の周りから改善を進め、今では、人事評価システム導入、新就業規則策定、社内イントラネットの構築と、確実に品質と効率を上げています。しかし、不況の影響はわが社にも無縁ではなく、いよいよ経営の根本的な再構築に向かって猛烈な速度で歩んでいるところです。それも、NTT時代の蓄積があったからこそできることです。これまで挫折しそうな困難もなかったわけではありません。しかし、苦しみながらも、全く畑違いと思われたNTT時代の経験の一つ一つがどれも無駄ではなく生かされていることに感謝しています。また、今後も今までの経験が生きていくという確信があります。組合による激しい突き上げ、新規事業立ち上げに際しての足並みの乱れ等、これまでの困難と体験が確実に自分の肥やしになっています。

5. 充実した人生の源、VIPメンバ−との出会い

まだまだ小さいものですが、いくつかの山を乗り超えることができたのは、3年前に出会って、共にVIPクラブ<大阪>を立ち上げた良きビジネスマンの友との交流のお蔭です。人として何が正しいかを追求し、仕事をして行く時に壁にぶち当たっても、それを理解し、知的にも精神的にも祈りつつ助けてくださった友の存在は、本当に力強いものでした。そのVIPクラブが2年間で関西圏に10箇所にも広がり、益々充実したネットワークの下で、たくさんの仲間との交流を楽しんでいます。「この仲間となら何かができる」といった大きな希望に輝いています。

また、私にとってこの地上における最高のオアシスは家庭です。家族との愛情の分かち合いはすばらしく、共にいるだけで心の癒しがあります。愛し、愛されていることのすばらしさが、そこにあります。家族は何にも代えがたいものです。我が家では、毎月1回は必ず、妻と二人きりのマンスリーデートを楽しんでいます。

そして、何よりもそれらをすべて見守って、万事を益としてくださる創造主の存在が大切です。道に迷った時、確信を求めて祈ると、心の深いところで迷うことのない知恵が湧いてくるのです。聖書によって、自分の心のあるがままの状態を写し出される時、自己の傲慢さを示され、謙虚になることを教えられます。また憎んだ人を赦すことができた時、どれほど心が自由になることでしょうか。傷心し失望した中にいる時、祈りの内に、また大自然の中に、神の神聖な息吹を感じ、どれほど元気が与えられたことかわかりません。

この3つの分野の充実とバランスが、今の自分を生き生きとさせてくれています。これらの関係を通して、自分の中で、オセロの石が黒から白に変えられるごとく、過去の傷が一つ一つバラ色に置き換わり、日々に夢と希望をはっきりと大きくさせてもらっています。本当に、自分は幸せ者だと思います。

私が大好きな聖書のことばをお読み致します。

「私は、私を強くしてくださる方によってどんなことでもできるのです」(ピリピ4:13)

暗雲立ち込める環境であっても、生かされている自分に目をとめ、肯定的な考え方で心に信じ行動していくなら、必ずどんな状況も打破できると私は信じています。なぜなら、私達の背後には、いつも人を生かす愛なるお方の存在があるからです。

6. トラバ−ユの秘訣

トラバーユされる時の秘訣を、私なりの狭い体験から提言させていただくとすれば、二つのポイントが考え付きます。

一つは、初心に返って、自分が第2第3の人生の就職先として応募しようとする会社をよく調べることです。私の会社の場合も、ビルメンテナンスということで、少し鷹をくくっておられるのかもしれませんが、意外と調査をほとんどせずに来られる方が多いようです。どんな職場でも予め調べておくことにより、相手方に前向きな印象を与えることは間違いありません。そして、できれば自分の過去の経歴がこの会社にどれほど貢献するかを分析して、相手のニーズに合わせてアピールするとよいと思います。時間の余裕があれば、現場を見たり、パートで現場を体験したりすればより効果があると思います。

二つ目のポイントは、面接では多くの場合、前の会社を辞めた理由を聞かれることがあります。その時、自分を肯定するあまり、前会社を非難しすぎたり、その真の理由を隠したりすることがありますが、面接する側からすれば、それは却ってその人の自己中心性を見た思いになる時があります。また、あまり自慢しすぎるのも、雇用する側に警戒感を与えることになります。淡々と事実を誇張せずに語ることが肝要です。人間にはそれぞれ欠点があり、誰一人としてこの地上に完全な人はおらず、トラブルが起きることは自然なのですから、あくまでも謙虚に説明してください。あなたの人柄が何よりも大切なのです。

最後にあなたの人柄を育成するポイントを、もう一度繰り返し述べさせてください。それは、良質の友との交流(VIPが最高!)、愛の溢れる家族関係、そして何よりも、創造主との出会いです。