新しい仕事への挑戦

穂森 宏之 (Hiroyuki Homori)

■氏はいのちのことば社文化宣教事業部部長、VIP柏会長。本稿はVIP表参道、2001年4月2日(月)青山ダイヤモンドホールにおける証しの原稿です。

1.はじめに

みなさん、今晩は。いまご紹介いただきました、いのちのことば社宣教文化事業部の穂森宏之です。よろしくお願い申し上げます。本日は、三つのことについてお話したいと思います。

・自分は何のために生きているのか。
・神さまから与えられた賜物、使命はなにか。
・新しい仕事への挑戦。

私もみなさんと同じように毎日大変忙しく働いております。しかし、今回のスピーチの準備のために、強制的にといいますか、恵みによって、静まる時をいただきました。ふと立ち止まってこれまでの生き方を振り返り、反省することができました。

最初、このVIP表参道の加藤凉子会長さんからプロフィールを書くよう言われました。書いて提出したところ、「穂森さん、これじゃ履歴書よ。私たちが頼んだのは、プロフィールよ」と役員の岡村のり子さんから心暖かいご指摘をいただき、いかにスピーチに慣れていないかがわかり、自分でも嫌になりました。その履歴書を持ってハローワークにでも行こうかと思ったくらいでした。今まで、セミナーとか講演会など数多くの企画をしてきましたが、つくづく「黒子が表に出るもんじゃないな」と思いました。自分は仕掛人でしたから、自分がスピーチに呼ばれるようなことは一切なかったのです。

有名なVIP表参道とすばらしい場所で、すてきな方々を前に何をお話したら良いか、何を期待して呼んでくださったのか、思案に思案を重ねました。結局この欠けの多い自分にいままで神さまがさせて下さった事をそのままお話しするのが一番良いと思います。

2.宝物にまさる家族

私は1953年11月27日鹿児島県姶良郡加治木町で生まれました。早いもので48歳になります。結婚は早いほうでした。二人の子供がいますが、長男は23歳で働いていますし、長女は、今年大学4年生になり、就職活動の真最中です。妻も毎日一生懸命に働いています。ごく普通の家庭です。家族はまことに私の慰めであり、私の心の応援団です。もし私にいまの家族がいなかったら、私も存在していないと思うくらいです。特に妻は私の宝物です。いやそれ以上です。別に偉そうに言うのではありませんが、事実、妻がいなければ今日の私はありません。

3.人生に名前を付ける

 

妻ばかりではなく、私の人生は実に多くの方々との出会いによって形作られた人生です。まさに本日がそうだと言えるでしょう。そこで、私の人生に名前を付けるとしますとどんな名前がふさわしいかということを考えてみました。一度みなさんもご自分の人生や、生き方に名前をつけてみてはいかがでしょうか。新しい仕事やビジョンを実行する時には、ネーミングという作業がともないます。ネーミングひとつで、その企画や商品の用いられ方が大きく左右されるのです。さてそこで、私の生き方、今まで歩んできた人生をここで総括し、清算するとどうなるでしょう。私なりの挫折と苦難と達成があります。もちろんみなさまと同じように、短い時間では語り尽くせないものがあります。

私が天に召され墓碑に何か書かれるとすれば、「精一杯生きた男。数多くの失敗もしたが、よく頑張った。賞賛はしないが、軽蔑もしない。とにかく一生懸命分をわきまえて生き抜いた」と書かれれば、その通りです。私の人生に名前を付けるとすれば、新しいことへのチャレンジとネバーギブアップの精神に基づき、ズバリ「Mr.チャレンジャー」と名付けたいと思います。決して「チャンピオン」ではありません。「チャレンジャー」であり「ベンチャラー」です。日本語で言えば「挑戦者」、「冒険者」ということです。今日からか明日からか、「そこのMr.チャレンジャーさん」なんて尊敬を持って呼ばれるかも知れませんね。

4.VIP

人には誰でも一つや二つは良いところがあります。ないとおっしゃる方は、私が見つけて差し上げます。簡単です。なかなか自分では気付かないものですし、「まさかこれが良い物とは思いませんよ」といわれるのが普通です。聖書の登場人物も実はそうです。世の常識から見ると、規格ハズレかもしれませんし、非常識かもしれませんが、インターナショナルVIPクラブの精神に基づいて言えば、神は「わたしの目にはあなたは高価で尊い」と言っておられるのです。それは旧約聖書、新約聖書に共通して言えることです。

私のゴールははっきり申し上げて天国です。ですから永遠の計画の中の今日があり、今日の自分がおります。先ほど申し上げましたように、私は今年48歳です。洗礼を受ける頃教会の方に「穂森君は何歳になりますか」と尋ねられました、その時私は「19歳です」と答えましたら、尋ねられた方は「若くて良いね。うらやましいな」とおっしゃいました。よく覚えています。しかし、その尋ねた方より歳が上になってしまいました。もちろんその方を追い越したりはできませんが。与えられている時間というものが確実にあるのだと最近は悟っています。この世では、まだまだ「はなたれ小僧」ということでしょうか。私の人生で最も良かったことは、恵みによって神さまに拾われたということです。映画「親分はイエス様」の中で奥田瑛二が演じる島俊夫の、「俺はよう、ヤクザに拾われなかったら生きてこれなかったんだ・・・・・」という長い述懐シーンがあります。私はヤクザではなく、イエスさまに拾われたのです。

5.母の感化

生きるうえで最も大きな影響を与えてくれたのは母です。私は鹿児島出身です。自然の山や川にずいぶん影響を受けた気がします。ゆうゆうと噴煙を吐きどっしりした桜島の姿は、なんでも受け入れてくれそうな気がします。

時々、母は五右衛門風呂に入っている私に、薪をくべながらじゅんじゅんと話をします。風呂からは逃げられませんし、暖めてもらっているわけですので、母の話を聞くほかありません。励ましや注意、世間話をよくしてくれました。母はとても辛抱強く、賢い人です。今でも元気です。後ほど紹介いたしますが、この『回心』という本の主人公の小さい時に良く似ています。私も同じように小さいころ、牛乳配達や新聞配達を経験しました、今から思うと、そのころ、客商売というか、営業の基礎を勉強したのだと思います。会社に勤めれば、新規開拓や顧客管理もしなければなりませんし、商売を広げるためにあたらしい提案者でなければなりません。家には、馬や牛も飼っていましたので、毎日家畜の世話もします。私は近所で評判の草刈上手でした。その草は、家畜の餌になるわけです。大人もびっくりするぐらい鎌のスピードと手さばきがうまかったのです。そのような事が自慢のこのような者を神はご自分の働きのために採用してくださいました。私はこの方に感謝するほかありません。

でも時々、「神様これはないですよ」とか、「ホント何とかしてくださいよ、あんまりじゃありませんか。あなたは、私の雇い主でしょう」とか、声に出しては言いませんが、「ハレルヤ、ハレルヤ」ばかりではないのです。この中にも、「そうですね」と共鳴してくださる方があるかもしれません。「あなたがたがわたしを選んだのではありません。わたしがあなたがたを選び、あなたがたを任命したのです。それは、あなたがたが行って実を結び、そのあなたがたの実が残るためであり、また、あなたがたがわたしの名によって父に求めるものは何でも、父があなたがたにお与えになるためです」(ヨハネ15:16)とありますが、それに対して、「ミスキャストじゃないんですか」とか言ったりしますと、「しかし神は、知恵ある者をはずかしめるために、この世の愚かな者を選び、強い者をはずかしめるために、この世の弱い者を選ばれたのです」(1コリント1:27)という声が聞こえます。このような調子で憂さをはらしております。本当に我ながら神さまに対して失礼な奴だと思っております。この場をお借りして天の神さまにお詫び申し上げます。「けれども、生まれたときから私を選び分け、恵みをもって召してくださった方がおられる」(ガラテヤ1:15)という事実に感謝しております。

6.新しい仕事への挑戦

今日は、「Mr.チャレンジャー」として、「新しい仕事への挑戦」というテーマでお話しいたします。私は「なにか新しいことをやってやるぞ」という気負いでスタートしたことはありません。その時そのときに、いのちのことば社にまた私個人にも神さまが憐れみと恵みにより必要な新しいビジョンと働きを与え続けてくださったのです。これが現実なのです。

例えば、LSV(ライフサービスとは、教会等訪問販売職)のような所に所属していた時のことです。当時はブックサービスと呼ばれていました。外販専門の部署で、いのちのことば社の看板商品の一つである新聖書注解全7巻セットの販売キャンペーンを展開していました。当時名古屋ライフから転勤したばかりの私には当然得意先はありません。おもに紹介と飛び込みセールスを中心に、地下鉄、バス、電車を利用して営業していました。幼稚園、ミッションスクール、プロテスタント、カトリック教会、事業主、個人と、時と所と相手を選ばず精一杯、販売実成績につながるように努力しました。東京はまったく未知の世界です。さまざまな出会いが楽しくおもしろいものがありました。飛び込みセールスの大変さと新しい方々との出会いをたくさん経験しました。しかし、その熱心さにもかかわらず、壁に貼ってある販売実績表の私の枠は真っ白でした。他の社員たちの売上を示すグラフは少しずつ埋まっていきます。店長経験ある私は意地とプライドだけは人一倍強く持っていました、でも成績が上がらず、苦戦し行き詰まり、あせるばかりでした。

打開策はないものかと思いあぐね、当時の部長に相談することにしました。会社では聞きづらかったので、同じ方面に帰宅するのを利用して相談しようと計画しました。タイミング良く同じ電車に乗りましたが、車中では他の話に花が咲いてしまい、肝心なことを聞きそびれてしまいました。駅のホームでそれぞれ違うバスに乗る前に、私は部長に現状を手短に説明し、「どうしたら良いでしょうか」と尋ねました。部長の答えはたったの一言。「兄弟、祈りなさい」でした。客の一人でも紹介してくれるのかと思っていた私は、がっかりしました。

しかし、家に帰りその言葉を素直に信じて祈りました。電気を消し、暗い部屋で「助けてください」と嗚咽を上げて祈ったその夜、不思議なことが起こったのです。読みかけの本があったのですが、その著者に電話するように示されたのです。もちろん面識も紹介者も無いわけですから、主が紹介して下さったと信じて勇気を出し電話をしました。そうしたら「明日は婦人会でいい機会だからどうぞ来てください」との快諾を頂きました。その夜は、平安のうちに休むことができました。

翌日は、どしゃぶりの雨でした。早めに出社し、発送に使うターポリン紙に全7巻をしっかり包み、婦人会なのでケネス・テーラーの子供の聖書物語と当時新刊の堀越暢治先生の「子供をしっかりしつける法」の見本を持って出かける準備を済ませました。10時の約束に間に合せるために出かけようとしたとき、ある女性社員が、車で外販に出かけようとした男性社員に私を信濃町の駅まで送ってあげたらと言ってくれた言葉が今でも耳に残っています。その心配りしてくれたお二人に今でも感謝しています。

無事、目的の駅に着いたのですが、場所がはっきりせず、ずいぶん迷いました。両手に営業用の黒いカバンと傘、そして全7巻の書籍。強い雨でターポリンが擦れて紙くずがズボンに付きます。見た目は惨めな姿ですが、何ともいえない喜びの中にありました。祈って導かれた確信がありましたので、自信を持って教会の門をくぐることができました。暖かく迎えられ、熱いコーヒーまで頂きました。婦人会に備えて階下の礼拝堂に行きました。五、六人の集まりだと想像していたのですが、白いクロスがかかったテーブルには、驚いたことに百数十人のご婦人方が着席していました。

早速展示用のテーブルを借りて、出口に商品を陳列させていただきました。集会が終わるまで出口で待っているものとばかり思っていた私を、牧師は最初から一番前の自分の隣の席に座らせ、メッセージのあとには商品のアピールまでさせて下さったのです。

集会が終わり販売に立つと、注解書が次から次へと売れていきます。ピッタリ定価の現金5万円を持って支払う人が多いのにも驚きました。予約申込を含め最終的に50セット近くを販売させていただき、また他の二冊の本もそれぞれ数十冊購入していただきました。後日、注文の書籍を運ぶ時は、車の荷台が隙間もない程でした。

実は、訪問する前の夜、次の聖書個所が示されていたのです。「話が終わると、シモンに、『深みに漕ぎ出して、網をおろして魚をとりなさい』と言われた。するとシモンが答えて言った。『先生。私たちは、夜通し働きましたが、何一つとれませんでした。でもおことばどおり、網をおろしてみましょう』。そして、そのとおりにすると、たくさんの魚がはいり、網は破れそうになった。そこで別の舟にいた仲間の者たちに合図をして、助けに来てくれるように頼んだ。彼らがやって来て、そして魚を両方の舟いっぱいに上げたところ、二そうとも沈みそうになった」(ルカ5章の4節から7節)

魚を求めていた私に、主は上司を通じて魚の釣り方を教えて下さったのです。働きを魚釣りに例えると少し変ですが、魚釣りは、魚の種類や釣り場の状況により釣り方も変わります。これを体で覚え訓練させられ、体得できたことは本当に幸いでした。この経験が、その後の私の働き全体に渡って確信と、諦めない根性を与えてくれることになりました。今も、困難を覚える時、その当時にタイムスリップして静まる時を持っています。今までの流れと違う新しいことを始めるときには、採算性のことや、周囲の目や常識との戦いがあります。相互監視の環境の中で横並びの社会は根回しが必要ですし、いくつかの手順を間違うと煩わしいことになります。

7.祈りとみことばの力

しかし、最後には先ほども申し上げましたように私の雇い主である神に常に祈ります。「祈ればなんとかなる、いや祈ればなんとでもなる」の信仰で、一切合財を主に委ねてベストを尽くそうと前向きに努力していけば、たいていは大丈夫だと思っています。

ところで、今の日本社会を多摩大学の河村幹夫教授は、次のように分析しています。人間性の堕落、自立心の欠如、プライドの喪失、拝金主義、かかわり合い拒絶症。最近のたいていの事件は、この五要素の組み合わせで説明がつく、そして、これらに共通するのが「未来に向かって良い夢が見られない」閉塞的な諸環境にあると言われます。

ここに、クリスチャンの未来と出番があると確信しております。単純ですが、私たちは逆転の発想をすればよいわけです。一緒になって沈む必要はありません。今ここに一冊の雑誌と一冊の単行本があります。これも、ビジョンと信仰によって生まれました。月刊誌「サイト21」と単行本「回心」です。両方とも大ベストセラー候補見込みの本です。新しいチャレンジです。常識派から見ればまったく危なっかしくて見てられないと思います。サイト21の誕生は、はっきりと同じビジョンを共有する方々との出会いがありました。雑誌のタイトルを決めてみる、雑誌の体裁を作ってみる、実現に至るまでのシミュレーションを組み立てる、取り合えず計画を進める前にしっかりと祈り、平安を与えられ揺るがない自信を持つ。細かい経緯をお話すれば時間がもう少し要りますが、最も大事なのは、必ず実現するという信仰を持ち続けたことでした。

映画「親分はイエス様」もいよいよ本上映間近になりました。不思議な方法で私のところにこの話が舞い込んできましたので、短期間で東京、大阪の映画「親分はイエス様」製作決起大会を行なわなければならなくなりました。しかし、多くの方々の一致と協力で見事に成功しました。その後は、ご案内の通りです。先週の金曜日、土日は試写会とチケット購入のアピールのために、名古屋と沖縄に出かけてきました。これからは、チケットがドンドン売れて興業的にも大成功を収めて欲しいと祈っております。絶大なるご支援をお願い申し上げます。これから学んだ教訓は、できそうもないことに成果をあげることの大事さと、チャンスは貯金できないということです。

次に、「回心」の本の出版ですが、先ほどお話しました流れを受けて自然な形で様々な条件も整えられて完成しました。特に、主人公の吉田氏はヤクザの大阪戦争の立役者です。今まで多くの出版社から自叙伝の依頼もあったようですが、全部断って来られたようです。活字にする事で、予想できない多くの事態が想像されるからです。

そもそも宣教文化事業部もゼロからのスタートでした。狭い部屋と一つの机、スタッフも私一人でした。今年4年目に入りましたが、さまざまな出会いや助けによって、徐々に仕事も部屋も広がり、現在は8名が働いております。私にとってはVIPクラブとの出会いが大きかったと思います。そこで祈りを教えられましたし、ビジョンの持ち方について教えられました。サイト21の雑誌を始めるのにも私は営業のことしか分かりませんでした。編集の人材もいませんでしたし、編集機器もありませんでした。このような状況の中では、こう考えたらいいとおもいます。神さまが導かれ始めようとされているのであれば、それが本当に望まれることであれば、必ず実を結ばせてくださる。

「見よ。わたしはあなたとともにあり、あなたがどこへ行っても、あなたを守り、あなたをこの地に連れ戻そう。わたしは、あなたに約束したことを成し遂げるまで、決してあなたを捨てない」創世記28:15