25年間の恵みの証し

穂森 宏之 (Hiroyuki Homori)

■氏は、いのちのことば社宣教文化事業部部長。本稿は2000年10月5日(火)お茶ノ水クリスチャンセンターにおける同社創立50周年記念礼拝にての証をまとめたものです。

ご挨拶

本日は創立50周年の栄えある記念礼拝の席上で、この様な機会を与えて下さり、心から感謝を申し上げます。

見よ。わたしは、戸の外に立ってたたく。だれでも、わたしの声を聞いて戸をあけるなら、わたしは、彼のところにはいって、彼とともに食事をし、彼もわたしとともに食事をする。(黙示録3:20)

で主を受け入れました。その信仰告白をした場所は、名古屋ライフセンターでした。TEAM宣教師が現在のライフの場所で開拓伝道されており当時一番奥の部屋にあった、日曜日で休みのライフの部屋借りそこで導きを受けました。私が19歳の時でした。

それから、数年してその名古屋ライフに現地採用され文書伝道の働きがスタートしました。丁度入社した時が、創立25周年の年で記念の冊子を頂いた事を、今でもはっきりと記憶しています。それから四半世紀、25年が過ぎました。最近、入社された方々を見て、自分もこのように若かったんだと思いつつ、密かにエールを送っています。多くの同労者、先輩、お客様には、時に厳しく、時にやさしく、時に暖かく育てられて参りました。今、お一人お一人に対して感謝の気持ちでいっぱいです。この場をお借りして、深くお礼を申し上げます。

この25年間、試行錯誤の連続でした。また多くの失敗も重ねてまいりました。しかし、自分で言うのもおかしいのですが、ある意味で企画外れのこの者が、主の憐れみと恵み、またいのちのことば社の情けとふところの深さに守られて今日を迎えることができました。あっという間の25年でしたが、いつの間にか二人の子供は二十歳を過ぎ、私の事をいつも心配してくれている両親もしっかり年を取りました。

わたしたちは、わたしを遣わした方のわざを、昼の間に行なわなければなりません。だれも働くことのできない夜が来ます。(ヨハネ9:4)

と記されております。

まだ若いつもりの私ですが、残され与えられている時間は、多いようですが当然今までより少なくなってきております。これからも素晴らしい主イエスキリストの導いてくださった恵みに感謝しつつ、与えられた時間を大事にしていきたいと思っています。

壁に直面して

ここで、短く一つのお証しをさせて頂きます。今のライフサービスのような所に所属していた時の話です。当時はブックサービスと呼ばれていました。外販専門の部署で、特にいのちのことば社の看板商品の一つである新聖書注解全7巻セットの販売キャンペーンを展開していた時の事です。

その当時、名古屋ライフから転勤したばかりの私に、当然得意先は無くおもに紹介と飛び込みセールスを中心に、地下鉄、バス、電車を利用する営業形態を取っておりました。幼稚園、ミッションスクール、プロテスタント、カトリック教会、事業主、個人と、時と所と相手を選ばず精一杯、販売実成績につながるように努力をしました。東京はまったく未知の世界でしたので、様々な出会いが楽しくおもしろいものがありました。飛び込みセールスのたいへんさと新しい方々との出会いをたくさん経験しました。

しかし、その熱心さにも関わらず、壁に貼ってある販売実績表の枠は真っ白でした。隣の兄弟たちの売上を示すグラフは少しづつ埋まっていきます。他の人達とはハンディはあるものの、とりあえず店長経験ある私は意地とプライドだけは,人一倍強く持っており
ました、それでも結果が出ず、成績が上がらず苦戦し、行き詰まりあせるばかりでした。

打開策はないものかと思いあぐね、真剣に悩み当時の部長に相談しました。しかし、会社では相談しづらく聞きづらかったので、同じ方面に帰られていたのを利用して相談しようと計画しました。タイミング良く同じ電車に乗る事が出来ましたが車中では違う話に花が咲いてしまい、肝心なことを聞きそびれてしまいました。駅のホームでそれぞれ違うバスに乗る前に、現状を手短に説明し、どうしたら良いでしょうかと尋ねました。その上司の答えはたったの一言「兄弟、祈りなさい」でした。客の一人でも紹介してくれるのかと思っていた私は、少しがっかりしました。

しかし、家に帰りその言葉を素直に信じて祈りました。電気を消した暗い部屋で「助けてください」と嗚咽を上げてお祈りしたその夜、不思議な事が起こりました。読みかけの本があったのですが、その著者に電話するように示されたのです。もちろん面識も紹介者も無いわけですから、主が紹介して下さったと信じて勇気を持って電話をしました。電話を差し上げた理由をお話しました、そうしますと明日は婦人会でいい機会だからどうぞ来てくださいとの快諾を頂きました。その夜は、平安のうちに休む事が出来ました。

翌日は、どしゃぶりの雨でしたので少し早めに出社し、発送に使うターポリン紙に全7巻をしっかり包み、さらに婦人会という事でケネス・テーラーの子供の聖書物語と当時新刊の堀越のぶじ先生の「子供をしっかりしつける法」の見本を持つて出かける準備を済ませました。その日は、火曜日、ロングデボーションの日でしたが、10時の約束に間に合せるために出かけようとしたとき、ある姉妹が、車で外販に出かけようとした兄弟に私を信濃町の駅まで送ってあげたらと言ってくれた事が今でも耳に残っています。その心配りしてくれたお二人に今でも感謝しています。

無事、目的の駅に着いたのですがなにしろ場所が、はっきりせず、ずいぶん迷いました。両手に営業用の黒いカバンと傘、そして全7巻の書籍、強い雨の中ですのでターポリンが擦れて紙くずがズボンに付きます。見た目は惨めといえば惨めな姿ですが、何ともいえない喜びの中にありました。飛込みではなく、約束があり祈って導かれた確信がありましたので自信を持って教会の門をくぐりました。暖かく迎えられ、書斎に通され熱いコーヒーまで頂きました。その後始まる婦人会に備えて階下の礼拝堂に行きました。驚いたことに、五、六人の集まりだと想像していたのですが、白いクロスがかかったテーブルには、百数十人が向かい合わせに数列に渡り着席されていました。

答えられた祈り

私は、早速展示用のテーブルを借りて、出口に商品を陳列させて頂きました。集会が終わるまで出口で待っているものとばかり思っていた私を、最初から一番前の牧師の隣に座らせメッセージのあと、しっかりと商品のアピールさせて下さいました。集会が終わり販売に立つと注解書が、次から次へと売れていきます。ピッタリ定価の現金5万円を持って支払う人が多い事にも驚きました。予約申込を受け、さらに次週の販売も含め最終的に50セット近くを販売させていただき、また他の二冊の本もそれぞれ数十冊購入して頂きました。注文の書籍を運びます時は、車の荷台が隙間もない程でした。

実は、訪問する前の夜、次の聖書個所が示されていました。先程にもお話しましたようにそれは、丁度、祈り求めている時でした。それは次の聖句です。

話が終わると、シモンに、『深みに漕ぎ出して、網をおろして魚をとりなさい。』と言われた。するとシモンが答えて言った。『先生。私たちは、夜通し働きましたが、何一つとれませんでした。でもおことばどおり、網をおろしてみましょう。』そして、そのとおりにすると、たくさんの魚がはいり、網は破れそうになった。そこで別の舟にいた仲間の者たちに合図をして、助けに来てくれるように頼んだ。彼らがやって来て、そして魚を両方の舟いっぱいに上げたところ、二そうとも沈みそうになった。(ルカ5章4〜7節)

先程の上司に、その場の魚を求めていた私に、その上司を通じて主が魚釣りを教えて下さった事になりました。働きを魚釣りに例えると少し変ですが、魚釣りは、魚の種類や釣り場の状況により釣り方も変わります。これを体で覚え訓練させられ、体得できた事は本当に幸せでした。このときの経験が、その後の私の働きの全体に渡って確信と、諦めない希望を与えてくれることなりました。今も、困難を覚える時々その時にタイムスリップして静まりのときを持っています。その他、数えきれない恵みの経験をさせて頂きましたが、時間が限られていますのでこの場では割愛させて頂きます。

これからの展望

今までを、じっと振り返って見ますと、特に開拓的な働きをさせて頂いてきましたが、最近は、このような役割を主が与えてくださっているんだと納得しています。マタイ7章7節から8節に、

求めなさい。そうすれば与えられます。捜しなさい。そうすれば見つかります。たたきなさい。そうすれば開かれます。だれであれ、求める者は受け、捜す者は見つけ出し、たたく者には開かれます。

とあります、この主の約束を心から信じて歩んで参りたいと願っております。

見よ。わたしは新しい事をする。今、もうそれが起ころうとしている。あなたがたは、それを知らないのか。確かに、わたしは荒野に道を、荒地に川を設ける。(イザヤ43:19)

今の時代と目前に迫った21世紀に向け、いのちのことば社に主が期待されていることと同時に、さらにこの小さき者に主が望んでおられることを、祈りつつ求めて参りたいと願っております。この証を、職種は違っても、いま壁にぶっかり悩み苦しんでおられる兄弟姉妹が、もし一人でもおられましたら、その方にお献げ致します。僭越ですが、主がなされた恵みを分かち合い少しでもヒントになれば幸いです。

今後とも、引き続きみなさまお一人お一人のご指導とお交わり賜わりますようにどうぞよろしくお願い申し上げます。以上、つたない証でありましたが、ご清聴くださり誠にありがとうございました。