感謝!感謝!感謝!

藤村 徹 (Tohru Fjimura)

■氏はNTT西日本資材調達センター調査部門勤務。本稿はVIP三田2000年11月26日の証しをまとめたものです。

1.2冊の本

人生は出会いによって決まると言われています。私の人生は2冊の本の出会いが大きく影響しています。その2冊の本を紹介します。

まず、1冊目は、「ラジオの製作」という雑誌です。中学校2年生の時に書店で何気なく手にした「ラジオの製作」を購入しました。これがきっかけでラジオを組み立てたり、ばらしたりすることに興味を覚えました。寝ても覚めてもラジオ・無線機・アンプのことで頭はいっぱいでした。そして、将来は電気のエンジニアになることを夢見ていました。中学校卒業後は、工業高専の電気工学科に進学しました。高専卒業と同時に電電公社(現NTT)にエンジニアとして入社しました。そういう訳で私の現在の職業はこの「ラジオの製作」との出会いが決めたといっても過言ではありません。

2冊目は「聖書」です。私は聖書とか教会とは何も関係のない家庭に生まれ育ちました。小学校2年生のときに近所に住んでいた友達に誘われて教会学校に行ったのが「聖書」との出会いです。教会学校にはクリスマス会、遠足、キャンプなどの楽しいプログラムもあり、とても魅力的でした。中学生になっても、高専に入学してからもずっと続けて行っていました。高専に入学したころのことです。私は好きで高専の電気工学科に入学したにもかかわらず、学校の勉強には熱心ではなく、遊んでいました。成績も思わしくなく、最初のテストの結果ではそのままでは留年することも間違いがありませんでした。自分では「勉強しなくては」と思っていても、どうすることもできないのです。また、弟たちにやさしく接したいと思ってもそれもできないのです。自分で思うことができない弱い自分を発見していました。

高専に入学した夏にバイブルキャンプ(聖書を学ぶことを目的とした中学生・高校生のためのキャンプ)に参加しました。そのキャンプで牧師が私に個人的に聖書を開いてカウンセリングをしてくれました。そのときにわかったのは、私が正しいことをしたいと思ってもそれができないのは、私のうちにある罪が原因であることがよくわかりました。そして、その私の罪の代わりにイエス・キリストが十字架にかかってくださったということです。キリストの十字架の話は何度も聞いたことのある話でしたが、その時は、とても新鮮に思えました。そして、牧師に導かれるままにイエス・キリストを罪からの救い主、人生の主として受け入れました。その時に開かれた聖書の箇所はイザヤ書43章18,19節です。

あなたがたは、さきの事を思い出してはならない、また、いにしえのことを考えてはならない。見よ、わたしは新しい事をなす。やがて、それは起る、あなたがたはそれを知らないのか。わたしは荒野に道を設け、さばくに川を流れさせる。聖書は、自分でどうすることもできない私に「昔の事を思い出してはならない」と命じており、また、私に「新しい事をする」と約束された神様がいることを示しています。確かに「荒野やさばくのような私の心に道を設け、川を流れさせてくださる」神様がおられるのです。感謝です。今もこの約束を神様は私の人生に成就させておられます。聖書との出会いは私の人生に大きく影響を与えています。私の世界感、職業感、結婚感、家庭感、いや人生の全てに影響を与えています。文字通り、聖書は私の人生の教科書なのです。

2.ビジネスの現場から2話

(1)教会を取るか、仕事を取るか

入社して新入社員の研修を受けている時に、自分の専門分野を決めることがありました。まず、希望を調書に書いて提出し、その後、人事担当者らの面接を受けることになっていました。私は、「線路」(ケーブル技術)を第1希望に選択しました。理由は「日曜日に休みが多いから」でした。面接の時にはその分けを聞かれました。私の回答は「私はクリスチャンです。日曜日は教会に行きたいのです。」人事担当者は「君は教会を取るのか、それとも仕事を取るのか?」と、私はすかさず「教会です。」と、人事担当者はあきれていました。

また、酒・タバコをいっさいやらない(拒否する)私の姿をみた人材育成担当者は、「そんなことで、人と付き合っていけると思うのか。君のような人間は会社は選ばないぞ(出世はできない)。」とも言われました。確かにそうだったかも知れません。私たちの先輩も同期生の1年間の新入社員の研修後は現場に配属されます。現場で2〜3年工事・保守の経験すれば、上部機関で工事計画策定、設計・積算、保全管理の仕事をするのが定石でした。ところが私は4年間現場にいました。現場では、電話機設置工事やケーブル敷設工事、故障修理の仕事をしていました。ある時は、電柱に登ったり、電柱を建てるためにツルハシやシャベルを持って、穴を掘ったりもしました。マンホールに入ってケーブルを敷設して時に、工事現場を通りかかった、親子連れから「勉強をしないとあーなるのよ」という言葉を聞いたこともありました。

しかし、現場にいた時も、仕事に対する取り組み方は教会で学んだ聖書の原則を取り入れて一所懸命やりました。それは、Uテモテ2章2節です。あなたが多くの証人の前でわたしから聞いたことを、さらにほかの者たちの教えることのできるような忠実な人々に、ゆだねなさい。これは、使徒パウロが、その愛弟子テモテに書いた手紙です。ここに私たちは弟子化の原則を見出すことができます。パウロはテモテに対して、パウロから聞いたことを他の人々に教える力のある忠実な人々にゆだねるように命令しているのです。パウロ⇒テモテ⇒忠実な人々⇒他の人々と4段階の弟子化が聖書の原則です。

この原則を教会が守ってきたから、福音が2000年間伝えられてきたのは事実です。私はこれはビジネスの世界でも適用すべきだと思っていました。これを意識的に、組織的にやらないと技術の継承はありえないのです。ですから、私は現場では、ケーブルの接続などの技能面では先輩に勝つことはできませんでしたが、新技術の知識吸収力では負けませんでした。ですから、技術資料を一所懸命、勉強して、自分が単に理解して、現場で工事や保守ができることを到達目標にはせず、他の人たちに教えることのできるまでやりました。聖書の言っている「他の人々に教える力のある忠実な人々」を目指したのです。上司は新しい技術が必要な仕事は私のいるグループに回してくれるまでになりました。現場に4年いた私は、いきなり本社に転勤になりました。

通常、ありえない人事異動でした。その時点で、同期生のトップと並びました。その後、今も聖書の弟子化の原則を忘れずに仕事をしています。言うまでもなく部下育成にこの原則を適用することは非常に有益です。例えば、ある技術レベルに達した人の次の到達すべき目標はどこに置くのかが、はっきりわかります。現在、出世のレベルで行くと同期の高専卒の中ではトーナメントリーダではありませんが、マラソンで言えば先頭集団にいることは間違いではありません。2年半前の春には同期で初めてタスク長(支店の部長クラス)に任命されました。しかし、それは10カ月という短い期間でした。再編成時の人事異動で再び本社課長に戻りました(これってリストラ?)。

(2)君はいつも微笑んでいるね

話は再び、新入社員の研修を受けているときに戻りますが、1年間の研修が終わりに近づいたころの懇親会でのことです。人材育成担当の責任者は「1年間、君をずっと見てきたが、君はいつも微笑んでいるね」と言われました。私は自分の力でずっと微笑んでいたわけではなく、私がイエス・キリストを罪からの救い主として受け入れた時から、私のうちに住んでいてくださる聖霊の力によって微笑んでいることができたのでしょう。私はいつも微笑んでいようと特別な努力した訳ではありませんでした。

また、研修が終わってから何年かしてから、人材育成担当者に会うことがありました。その時にこんなことを私に言ってくれました。「子どもがミッション系の幼稚園に通っているよ」と。もし、私の生き方が間違っており、人材育成担当者にとって全く不愉快なものであったとしたら、決して子どもをミッション系の幼稚園に通わせるはずがありません。また、何かの都合で通っていたとしても、私に話をすることなんてありえないと思います。私は本当に小さな者ですけれど、神様は高価で尊い者として認めていてくださるのであることを信じています。

3.神様からの最大のバースディ・プレゼント

クリスチャンになってからの私の人生はいつでもハッピーという訳ではありません。悲しいことも苦しいこともありますが、いつも神様がそれを乗り越える力を与えてくださっています。

今から6年ほど前の年末のことです。当時、私は大阪に勤務していました。会社で昼休み、社員食堂で食事をしていると、先に食事を終えた同じグループの人が私を捜してやって来ました。家内から電話だというのです。その用件は、入院している父の様態が急変したので、病院に行ってほしいということでした。私は上司に事情を話し、帰宅して、自動車で病院に向かいました。母とすぐ下の弟はすでに病院に来ていました。主治医の話では、適切な処置の結果、落ち着いてきたとのこと、あと2〜3日様子を見て、次の治療方針について検討しようということになったので、みんな帰宅しました。

私は夜8時過ぎに家に戻って、食事をしていました。食事の途中で病院から電話があり、父の血圧が下がってきたので、すぐに来てほしいとのこと。私は東京に長期出張中だった一番下の弟に電話をして、とにかく、最終の新幹線で神戸に戻るように連絡をしました。教会にも連絡をしました。私が病院に駆け付けると母・弟夫婦らと教会からは牧師も駆けつけてくれていました。牧師は父に病床洗礼をさずけようと提案してくれました。父はクリスマスや特別集会、そして私の婚約式・結婚式など何度か教会に来たことはありましたが、イエス・キリストを受け入れるまでに至っておりませんでした。

牧師が洗礼を授けるにあたって、イエス・キリストを罪からの救い主として信じるかどうかを聞きました。父はすでに意識ははっきりしていませんでしたが、牧師の質問にはうなずき、自分の意志表示として牧師の手をしっかりにぎったのです。クリスチャンとなったのです。病床でしたが、洗礼を受けました。それから、5時間ほどした1994年12月27日午前3時23分に息を引き取ったのです。

東京から戻ってきた弟も父の召天には間に合うことができました。家族でクリスチャンは私だけでしたが、家族は教会で告別式を行うことに反対はしませんでした。私には、父はパラダイスに行ったという確信があり、本当に平安でした。告別式の最後に私は喪主として「父の生涯は、イエス・キリストが十字架にかかった時に、いっしょに十字架にかかった犯罪人のひとりと同じでした。滑り込みセーフでイエス・キリストを受け入れたのです。今は、イエス様と一緒にパラダイスにいることを感謝しています。また、父の召天した12月27日は39歳の私の誕生日でした。神様は私たち家族が父の召天を忘れることのないように私の誕生日を選んで父を召してくださいました。父の召天は神様が与えてくださった最大のバースディ・プレゼントです。」と挨拶をしました。喪主挨拶の要旨は、「神様からの最大のバースディ・プレゼント」でした。

父はイエス・キリストを信じて永遠のいのちを得たのです。私にとって、これほど大きな喜びはありませんでした。私たちの教会では、12月31日は午後10時30分から年末感謝祈祷会を持っています。1年間の感謝を分ち合い、黙想のうちに新しい年を迎えるというプログラムです。私はその年はその祈祷会の司会の奉仕にあたっていました。告別式が終わって、牧師に感謝を述べて、家に帰ろうとする時、牧師は私には何も言いませんでした。予定とおり司会をするようにとの事だったのでしょう。告別式から3日目ですから、牧師は誰か代わりの司会者を立ててくれるかなと思いましたが、そうではなかったのです。祈祷会が始まって、参加者全員による1年間の感謝の分ち合いが始まりました。司会者は一番最後に述べることになっていました。他のメンバの話を聞いているうちにこの年、一番感謝すべき者は私であることが示されたのです。ですから、この祈祷会の司会者は私が一番ふさわしいという思いが与えられました。本当に感謝でした。

父の様態が急変したのが12月26日でしたので、病院は年末年始の体制に入る前でしたので、父は最善の治療を受けることができたはずです。また、告別式は28日で会社も年末休みに入る前でしたので、会社の人々も多く教会に駆けつけてくださり、父は生前はイエス・キリストを伝えることはできませんでしたが、自分の告別式で多くの人々に証しをすることができたのです。本当に感謝でした。

実はその時はわかりませんでしたが、さらに感謝することがあったのです。父の召天後のちょうど3週間後の1995年1月17日午前5時46分には、6000人以上の死者を出したあの阪神・淡路大震災が起きたのです。父は神戸で生まれ、神戸で68年の生涯を過ごしたのです。もちろん、最後に入院していた病院も神戸でした。もし、生きていたとしても病院は地震のためにケガをした人たちの治療で手一杯となり、父は十分な治療を受けることもできなかったと思います。また、地震の直後に様態が悪くなっても、家族や牧師も駆けつけることもできなかったかも知れません。牧師が駆けつけることができ、クリスチャンになったとしても立派な告別式(父にとっては証しをする場)は持てなかったでしょう。そう思うと神様がなさる業はなんとうるわしいのでしょうか?父の死という通常では悲しい出来事も、神様は大きな祝福に変えてくださり、それを乗り切る力を与えてくださいました。本当に感謝です。

4.進化論が日本社会に与えている影響

最後に私が残念に思っていることがあります。それは進化論が学校で何の疑いもなく、教えられており、それが受け入れられており、社会に大きく影響していることです。進化論の基本となる考え方は「突然変異」と「適者生存」が繰り返されて、進化が起り、人間が生まれたというものです。適してる者だけが生き残るという考え方です。聖書の言っている創造主である神が、種類に従って、動物も植物も造られ、神のかたちに人を造られたというものとは根本的に受け入れることができません。進化論が間違いであることは、私ももっと勉強したいと思っていますので、別の機会に議論したいと思います。進化論的な考え方が日本社会に与えている悪い影響があります。そのひとつが「差別」だと思います。

「適者生存」という考え方からすると、「適者」と「適者でないもの」がいるということです。そして、生き残ることができる者は「適者」だというのです。ですから、「適者」は「適者でないもの」を切り捨てていいと思うようになるのです。中学生が公園にいるホームレスの方を平気で傷つけるという事件が起きたり、いくら学校や企業などで人権に関する啓発活動をしても差別がなくならないのです。ビジネスの世界でもそうです。「適者だけが生き残る」と言う考え方があるので、人を平気で傷つけ、勝ち残るためには手段を選ばないという風土を生みだしているのです。

進化論の影響は否定的なことばかりです。しかし、聖書はすべての人に対して「わたしの目にはあなたは高価で尊い」と言っています。神様の目から見れば、すべての人は高価で尊いのです。なぜなら、人を神がご自身のかたちに造られたからです。進化ではなく、創造です。ですから「適者」とか「適者でないもの」という区別はないのです。もちろん、そこには何の差別もありません。愛し合うことができるのです。この理念にたった活動がインターナショナルVIPクラブです。私もこのクラブの活動に参画できていることを誇りに思い、喜びを感じています。

感謝!感謝!感謝! です。