真実の物語

金 継宇

■氏は台湾大学電機工程学科卒業、デューク[Duke]大学電機学科修士課程卒業、コーネル大学応用物理学博士号取得、カリフォルニア理工学院地震学博士後研究員、アメリカ国立地質調査局に就職、それ以降、34年間地震に関する研究に従事している。

 

聞震起舞[地震を聞くことによって己を鼓舞する]

私は学者です。1956年に台湾大学電機工程学科卒業後、一年間半に渡って予備軍官兵役を務めました。その後就職を半年間したが、アメリカ合衆国に留学しました。デューク大学電機学科修士課程終了後、プリンストン大学に更に一年間電機を専門に勉強しました。コーネル大学で応用物理学博士号を取得後、カリフォルニア理工学院で地震研究の博士後研究員をしました。それから、私は一筋に地震について研究をしつづけ現在に至っています。アメリカ国立地質調査局と言った施設で、地震に関する研究を三十数年間してきました。1997年の春から東京大学で二年間合作研究員として滞在しました。1999年の初頭にアメリカに戻りました。しかし、私は休むことなく各地を訪れ、自分の研究成果を講演し続けています。それと同時に神の愛を伝え続けています。どうして私は工程学から現在の研究に変えたのでしょうか? どうして神様を信じるのでしょうか?このように尋ねられた時、“なぜならば真理を求めたいからです”と私はこのように答えました。

人生の意味は何処にあるのでしょうか

 

私は日中戦争以前に南京で生まれました。中国大陸で8年抗戦及び戦後の混乱と不安の4年間に渡る内戦を経験しました。抗戦期間中、後方にあたる重慶に避難する時に、常に空爆及び火事から避難しました。それは恐怖の連日でした。内戦時、汽車に乗って西の方へ逃げようとする時の経験は、私にとても深い印象を残しました。

そのときの汽車は中に沢山の人がいました。棚の上にさえも人が出きる限り座ろうとしていました。ある人はたった一本の縄か棒によって身体を固定していて、とても危険でした。ある日、私達が湖南境内を通過しようとした時、眼前で起こった悲惨な光景が私の目を捕らえました。「助けて!」とひとりの人が路線の脇でうめいていました。良く見ると、その人の二本足は通りすぎた汽車によって切断されてしまったのです。この光景よりも悲しかった事は、誰一人としてその人を助け様としなかった事です。皆自分自身が逃げる事に必死だったのです。彼を助ける余裕のある人は誰もいなかったのです。その人の悲しい表情と他の人の反応が私の心に大きな衝撃を与えたのです。このような残酷な画面が、良く見られた光景だったのです。「人が生きている意義とは何なのだろうか。」と言う問いが私の心に浮かんだのです。台湾に着いた後、かつて戦乱の恐怖によって悩まされた人々は、日常的な生活上の安定を求めるようになっていきました。「人は生きている間に、人生に於いて何を求めるべきなのだろうか。」人生において好奇心を持ちつづけながらも、このような疑問を持ちつづけました。「真理は何処にあるのだろうか。」

私が、大学二年生になろうとする夏休みに、友人と宗教について話し合いました。「あなたはキリストを知っていますか。イエス・キリストが私達の罪のためにこの世に生まれ、十字架に掲げられたのです。その事に私達は心の自由を得る事が出きるようになったのです。また、イエスによって、ともに永遠の命を得る事が出きるようになったのです。」「そんな事がありえるのだろうか。イエスが私の為に死ぬと言う事が必要なのだろうか。イエスは本当に死んだ後に復活をしたのだろうか。」私はこのような事は信じられないと思いました。そのために、私とその友人は激しい口論を始めました。「いいですよ。私はあなたを負かす事はできないが、今週聖書の勉強会があるから、試しに行って見ませんか。」私は行ってみました。私は聖書の勉強会によって十分に納得する事は出来なかったのですが、聖書に大きな関心を寄せるようになりました。このキリスト教の信仰は本当に私を満足させることなのでしょうか。このことについて満足できる解決を得るまで考えようと思いました。

その時私はまだ若かったので、「精神的に依存するような事」を探したいとは思いませんでした。なぜならば、それは自分をだますだけであると思ったからです。しかし、私は真理を追究したいと思ったのです。キリスト教がもし真理であるならば、私はそれを受け入れようと思いました。だから、あの聖書勉強会の後から、私は色々な聖書の勉強会に参加するようになりました。他の宗教において、人生に対してどのような考えを持っているのかを知りたかったのです。神が本当にいるのかどうか知りたかったのです。どれが本当の神なのでしょうか。イエス・キリストは本当に神の子なのでしょうか。聖書は本当に信じてもよいのでしょうか。

以前私は罪人という表現が受け入れる事が出来ませんでした。私にとって牢獄にいる人達だけが罪人だったのです。なぜならば、私は小さいころから、年上の者たちによって、良い子、良い学生と言われつづけてきたからです。また当時入るのが困難であると言われていた台湾大学電機工程学科に在学していたからです。どこから見ても自分は良い存在であると思っていました。しかし私がもう少し聖書について知るようになってから、神の言われる事が理解できる様になってきました。つまり、殺人、恨み、盗み、貪欲、傲慢、妬み、私欲といったことすべてが罪であるということに気づいたのです。神にとって、外的な行為だけではなく、内的な暗闇、汚れた考えもまた罪なのです。これはとても厳しい見方でした。

私は子供のころを思い返してみると、そのころ父の軍服を着て人の群れに入っていきました。私は大罪を犯した事はないのですが、沢山の小罪を犯していたのです。聖書にイエスが次のように述べている箇所があります。罪を犯したすべての人は罪の奴隷なのです。ただ神に頼るだけでも、罪から解放されるのです。このような考えを私は信じる事が出来なかったのです。この考えに挑んでいきたいと思ったのです。何故ならば、私は自分の力によって、神のような完全な存在になることが出来るという事を証明したかったからです。しかしながら、この挑みは長く続きませんでした。傲慢にならない、人をねたんだり恨んだりしないということは私のみの力では不可能だったのです。

上述の事は人間の意識を超えたことなので、人間は制御する事は出来ないのです。ついに私は聖書に記されたことが真実であると信じなければならないと気づきました。聖書に記されている様に、実際人間は自由ではないのです。人間は神からの救いが必要なのです。他の宗教からこのような答えを得る事が出来ませんでした。

もしイエス・キリストが私達に自由を与えてくれるならば、それによって私達は真に自由なものとなる(ヨハネ8:36)。

だから、私は予備軍官で勤めている時に、大雨が降ったある夜に開かれた聖書勉強会において、洗礼を受けたいという意思を抱くようになりました。勉強会の後、雨の中宿舎まで帰り、そこで濡れた服を着替えてから居眠りをし始めました。私には少しの時間しか眠っていなと感じたのですが、「こんなに明るくなったのか?」と思うほど眠っていた事に気づいたのです。一晩熟睡していた事に呆然としたのです。こんなに深く眠ったのは始めての事でした。今までになかった平安と喜びが心を満たしました。

出国深造[外国留学]

台湾大学在学中、外国に留学する意思は全くありませんでした。キリスト教徒になって直ぐに、ある友人の好意から保証金2400元を貸してもらえる事に成りました。この事から、私は外国留学の申請を始めました。ある日、学校内で一人の学友から、「これはデューク大学への申請書です。あなたは必要ですか?」と聞かれました。私はそれをもらいました。準備としての手続きをしている間、私は朱教授に推薦状を書いてくれるようにとお願いしました。教授は下書きをくれました。私は兄にタイプしてくれる様にと頼みました。でも兄はあまりにも熱心になりすぎて、教授の名前さえも署名してしまったのです。もう一度タイプするのは面倒なので、数日後それをアメリカに送りました。

しかし、心の中には不安が残りつづけました。私は宗教上の過ちを犯したのではないかと思ったからです。不安はありましたが、教授に謝りに行きました。教授はそれを聞いて少し不愉快に感じたように見受けられましたが、次のように言いました。「もう出してしまったのですから、二度としないように気をつけなさい。中国人の名誉を汚さない様にしなさい。」教授と別れてからも心の中には不安が心に残りつづけました。どうしようもなくなって、私はデューク大学に説明の手紙を送りました。その事によって心に落着きが取り戻されたのです。

数週間後デューク大学から返事が届きました。もう一度朱教授に頼んで申請書を書いてもらいなさいと私は大学側から要求されました。その要求にしたがって、私はもう一通推薦状を書いてもらいました。その後友人タイプしてもらい、朱教授に署名をしてもらった後、デューク大学に送付しました。私は三つの大学から入学許可を受け取りました。その中でデューク大学だけが600ドルの奨学金を授与するということが記されていました。その為、私はデューク大学に進む事を決意しました。

アメリカに行く時に、私は110ドルしか所持していませんでした。しかし、教授から思っても見ないようなことを言われたのです。「奨学金として1000ドル授けられるようになった。」と言うのです。これは思っても見ないことでした。私はこの事に心から神に感謝しました。教授と少し打ち解けた関係が出来てから、奨学金の金額が上がった理由を尋ねました。すると、「工学科の学部長があなたの推薦状について聞いた時、学部長はあなたを支持しなさいといったのです。」と言う返事を頂きました。このように、私はアメリカ合衆国の南部で一番良い大学に入学する事が出来ると同時に、経済的に思っていたよりも豊かな生活をすることが出来たのです。私は、この経験を通して、神が私にどの様に人間性を育てるかということを教えてくれたのだという事に気づいたように思われました。

生活に不安がなくなったので、私は学生生活を充実して過ごすことが出来ました。「外国留学は誰にでも与えられるものではないから、この機会を有効に使おう。」ということを心に留めながらすごしました。2年後、私はプリンストン大学の奨学金をもらう事が出来ました。そのため、プリンストン大学に進学することになったのです。そこで、私は1年間勉強しました。物理学を勉強したいと希望していたので、物理学科の4年生の選択科目を履修することにしました。物理学の基礎があまり出来ていなかったので、この授業は私にとって非常に難しいものでした。日常的に出される課題が難しかっただけではなく、中間テストはあまり良い成績ではなかったのです。「もし試験を合格しなかったら、中退させられる事になるだろう。もしこのことが人に知れてしまったらとても恥ずかしいことになってしまうだろう。」しかし、あせりすぎて逆効果になってしまったのです。その時の情況は、「水倒鴨背上」という中国語の格言にある様に、勉強した事が全く実にならなかったのです。つまり、心の中がくもった状況になってしまっていたのです。どうしたら良いのか分からない状態に陥っていたのです。

しかし、もう少しで期末テストが始まるので、仕方がなく毎日お祈りをしつづけました。(それ以前は神と私の関係は形式化してしまっていたのですが、今この困難な情況に陥ってしまった時、始めて神の助けを求めたのです。)でも直ぐには祈りの結果が見られませんでした。何日間にも及んだ心からの祈りの後、期末試験の前の日に、心の中のくもりが澄み切ってきたのが感じられました。心が次第に光に満ち溢れてくるのが感じられてきました。感謝の心でもって、祈りをしながら教科書を読みました。突然頭と心が澄み切って頭が良く働くようになってきたのが分かりました。問題点を直ぐ見出す事が出来るようになり、その日の夜驚く事に問題集を一冊手にいれる事が出来ました。短時間に私は直ぐその内容を理解する事が出来ました。一日で一回で良く理解する事が出来ないほどの内容を準備する事が出来たのです。

テストの時、問題を一目見て私は再び感謝の気持ちにあふれました。私は祈りながらテストを解きつづけました。時間が刻々と過ぎ去り、解答用紙を提出する時に、私はすべての問題を解いていることに気づきました。約一週間後、私は教授に成績を尋ねに行きました。教授が驚いた様に私を見て、私の成績が「1クラス」であるといいました。(7クラスに分けてあり、1はその中で一番良いクラスです。)このような事が本当に起こりうるのでしょうか。私は、これこそが神からの恩寵であろうと思いました。これは自分の力によって達成されたことではないと思いました。

一年後、私はコーネル大学の物理学博士課程に進学する事が出来ました。私の博士論文は固体の破壊力に関する研究でした。修了の時、私は地震が一つの大きな大規模に渡る破壊現象であると思いました。その為、カリフォルニア工学院地震研究室で一人の博士後研究員が必要であると聞いた時、私は迷わずにそこに行きました。生涯に渡って取り組む事となる地震に関する学術的な研究が始まりました。同時に教会で積極的様々な活動をし始めました。出来る限り神の言葉を伝え様としました。

聞震起舞

地震は一つ自然災害です。現在破壊的な地震がいつどこで発生するか予知する事は不可能です。科学研究に従事する一方で、私は聖書について人が言うように「反科学的」ではなく、逆に科学を超越したものであると考えています。(拙者著「地震聖書を実証する」参考)。聖書は科学の専門書であるということは出来ませんが、聖書に科学と同様な事を述べている箇所があると同時に、それが科学と相反するものではないといえると思われます。(聖書を誤解する事がなければ。)この科学に関する記述において、私はもっとも神の存在の真実とその御業を感じたのです。聖書はイエス・キリストを実証する為のものだと思います。それは、神を信じたいと願う人に救いの知恵を与えるのです。それと同時に神に頼ることによって罪による死から逃れる事が出来るのです。また、永遠の命を得る事が出来るのです。

思い返してみると、私はキリスト教徒になってから42年が経ちます。地震に関する研究をするようになってから34年が経ちました。地震に関する研究は総合科学であるといえます。そこには、地質学、気象学、物理学、化学、数学といった広範囲の学問が関係しているのです。私は今まで面白くないと感じた事はありません。なぜならば、毎日新しい驚かされるような事実が見出されるからです。そのような新しい事実ことが研究分析を必要とすることなのです。現在私は研究活動から身を引いたのですが、神の愛によって私は毎日励まされつづけました。仕事を辞めることによって、科学よりも大事な仕事に専念する事が出来るようになりました。その大事な仕事とは神の言葉を人々に伝えるという仕事なのです。