主にあるビジョン −バイブルランドの建設−


〆木泰輔  (Taisuke Shimeki)

■本稿は日本福音キリスト教会連合、永福南キリスト教会への転入際しての証しです。

放 浪

私は、1967年8月30日午後11時50分、大阪で生を受けました。家は代々商売人で、父(督泰 まさよし)の末っ子の弟の名も商人(あきひと)と言うくらいで、私もその血がどうも入っているようです。〆木と言う姓は和歌山の下津の地名です。母(礼子)は熊本出身で気はおてもやんそのものの明るい性格の方です。一人の妹(洋子)がいますが、3年ほど前に結婚をし、現在1歳になる女の子、真生(まお)がいます。1児のママです。

私は、元来おとなしい性格の持ち主でしたが、小学校5年生辺りから活発な子供に成長したようです。家の過去の事、嫁姑の事等、思春期の揺れる時期になり、漠然と「人はなぜ、ここまで憎み合わなければならないのか?早く自分の生きる意味をハッキリと理解しなければいけない!その明確な方向性は?どうして人は死ななければいけないのか?」等の問題意識を早くとらえる原因となった事は確かです。

高校三年生の3学期にはいるまで、学校を休んだ事のなかった私でしたけれど、学校に行く意味がわからなくなり、誰に相談しても私の存在理由を、納得いくかたちで証明してくれる方はいませんでした。「どうせ人は死ぬんだ」死に対しての恐怖を、どうにかして拭い去りたい気持ちは、父母が苦労して生きている姿を背中から子供心で見ていましたので、「ずっとこのまま生きていて欲しい」と言う一心で、ひとり死に抵抗していました。また、あらゆる思いを駆使して死なない方法を考えていました。本をむさぼり読むようになり答えを探していましたが、見つからず言葉にならない叫びとでも言うのでしょうか、精神は爆発寸前状態で日々を悶々と過ごしていました。

どうにか高校を卒業し、中学生より音楽と映画が私の楽しみで、外国にあこがれていましたので、「外国に行けば、何か得るものがあるのではないか?」どうにかしてこの状態から抜け出したいその一心で自分探しの旅行に出かけました。これと言って本当にしたい事がぜんぜん見つからない私は、死についてよりも、死んでも良いから真実、真理とは何なのか教えて欲しいと、真剣に祈り心で自問自答する日々を過ごすようになっていました。

イエスとの出会い

19歳も終わろうとしている時、イギリスの一都市に立ち寄る事がありました。そこで聖書を読む機会が与えられました。聖書をくださた方が、堀ノ内御夫妻です。後々妻となる季美枝を紹介される運びになります。日本では仏教、西洋ではキリスト教と単純に思っているような私でしたので、どうせイギリスに来ているのだから聖書を勉強し学んでみようと、旅行の最中風景を見るのにも飽きると、聖書を少しずつ読んでいくようになっていきました。当時、イギリスにおられた津村俊夫先生に聖書の手ほどき、悔い改めの祈りを導いて頂きました。本当に感謝しています。

あなたがたのうちだれが、心配したからといって、自分のいのちを少しでも延ばすことができますか(マタイ6章28節)。

人は、たとい全世界を手に入れても、まことのいのちを損じたら、何の得がありましょう。そのいのちを買い戻すには、人はいったい何を差し出せばよいのでしょう(マタイ16章26節)。

世界を旅行する中で、人種も違う、言葉も違う世界に身を置いていた私は、自分の小ささと非力さとに気づかされました。そのような精神状態の中で、イエス様の十字架での言葉が、私を捉えました。

父よ。彼らをお赦しください。彼らは、何をしているのか自分でわからないのです(ルカ23章34節)。

まさに、自分そのものの状態でした。これまでの私の許しという概念の限界を遥かに超えて、本当の赦しの世界へと導いて下さいました。人はどんな事をしても人を許す事はできない、と身に染みて実感していた私に、本当の強さは、本当の強い人は、どこまでも人を許す事のできる人であると、直感的に理解させて頂きました。その言葉で、この方は神様に違いないと信じました。遠くにいる神様ではなく、人の姿をとられてまでも私達の世界に来て下さったお方。

キリストは、神の御姿であられる方なのに、神のあり方を捨てる事ができないとは考えないで、ご自分を無にして、仕える者の姿をとり、人間と同じようになられたのです。キリストは人としての性質をもって現われ、自分を卑しくし、死にまでも従い、実に十字架の死にまでも従われたのです(ピリピ2章6−8節)。

3日目に甦ったという事実は、どこまでも人を愛されているがゆえに、まず、弟子達に現れて下さった事を通して、わかりました。私であれば、まず、ピラトの前やロ−マ兵の前に現れて、仕返しをし、逃げた弟子達にもこっぴどく叱り倒すでしょうが、イエス様はそのような事を何一つなされませんでした。御一人で父なる神様の刑罰をお受け下さった事実を理解させて頂いた時、まさに私が求めていたものはこれだ!と心に平安と確信がきました。それから聖書を読む事が楽しくて楽しくて仕方がありませんでした。

わたしが王であることは、あなかが言うとおりです。わたしは、真理のあかしをするために生まれ、このことのために世に来たのです。真理に属する者はみな、わたしの声に聞き従います(ヨハネ18章37節)。

以上の言葉は、あらゆる神様の御属性を証明されたにもかかわらず、十字架に架かられる前には、誰からも弁護される事もなく、一人神の子としてロ−マの権威を持つピラトの前に立たれた時のお言葉。息を引き取られてなお、あの泣く子も黙るロ−マ兵百人隊長に「ほんとうに、この人は正しい方であった。」と言わしめるお方。最期の最期まで、父なる神様の御心だけを成し遂げたお方。

完了した(ヨハネ19章30節)。

のことばに私は頭をたれ、聖霊による導きを受けて心から納得して、主に礼拝する事ができました。

裁きについても、裁ききられたお方だけが、裁きについて語る言葉の重さに本当の権威がある、と気づかされました。今までは、裁きについて嫌悪感がありましたが、神様の裁きについて理解した時、十字架を感謝できるようになりました。

神が多くの子たちを栄光に導くのに、彼らの救いの創始者を、多くの苦しみを通して全うされたということは、万物の存在の目的であり、また、原因でもある方として、ふさわしいことであったのです(ヘブル2章10節)。

自己存在の理由−ビジョン−

私は、自分の存在理由がわかりました。イエス・キリストの唯一の神様の御心を聖書を通し知り、共に歩ませて頂くことが、人として一番幸せと言うことです。歴史上、イエス様ほど、今までにこれほどまで誤解を受けた人物はないと思いますが、これほどまでに人をとらえた方もいないと思います。そして私をもとらえて下さいました。

1988年4月3日、日本メノナイトブレザレン教団平野キリスト教会で黒川清次先生から洗礼を受けさせて頂きました。先生をはじめ兄弟姉妹には本当にお世話になり、祈って頂きました。今の自分があるのも両親は勿論、この方々のおかげでもあると思います。

私は、キリスト者にならせて頂いてから、12年目になりますが、嫌と言うほど自分の罪深さ、愚かさに気づかされています。ますます自分中心の力には何の益もないと言うことを主から訓練させられていますが、何度もくじけそうになることしばしばです。「どうして」ということが何度もありましたが、全て主が最善になして下さると信じて今に至ります。東京に来たことは、何度も間違っていたんじゃないかと考えましたが、夫婦としての強い深い繋がりが与えられましたこと、また、大阪にいては経験できなかったこと、たくさんの発見をさせて頂いています。

ふたりで共有するビジョンがあります。この福音をどんな方にも安心して観て、聞けて、触れるテ−マパ−クとしてのバイブルランドの建設です。(単にキリスト教といえども聖書を逸脱する様々な教派もあります。それを知って教会を選んで来ることは至難の業といえると思います。異端といわれるほど業に熱心で、それに人の罪の性質も加わるので困難の業です。教会に来る前のタ−ニングポイントとなる場を提供したい。人として様々な関心事、問題性を取り上げ、日本人として聖書の背景を理解するために、ひとりで悩んで終わるものとしないで、賜物が主から多くの方に分け与えられているわけですから、互いに助けあって、弁明できる用意を最大限に発揮できる最高のバイブルランドとしてのテ−マパ−クができないものか!?真剣に祈るようになりました。(コロサイ3章15〜17節)。

創造論や考古学の立証など、現在、あらゆる疑問を解決できるものは、21世紀に向けて、時代に応じて理解できる場所の急務を感じます。(本当の理解は聖霊によるものだけですが)ふたりとも福音には無関係の家庭で生れましたので、救いに至るまでの道のりはとても長いものでした。間違った聖書理解、神観とキリスト教の歴史などの多くのフイルタ−を通してしかイエス・キリストを見る事ができませんでした。そのような誤解を、世界のキリスト者の祈りとご尽力を持って、知識にも知恵にも富んだ最高の証しができる場を、この日本に設立して頂きたい。すこしでもイエス様に喜ばれる働きができたらという思いで、ここまでビジョンが与えられ祈りつつ歩んできました。妻、季美枝には本当に感謝しています。(昨年、11月14日に結婚しました。もうすぐ1周年記念です。子供も来年3月2日出産予定)

将来は、両親が共に大阪に住んでいますし、仕事のこともありますので帰ることになりかねません。しかし、東京にいる間、結婚の証人を快く受けて下さった竹内先生御夫妻との繋がりからこの教会に来させて頂いています。皆様と仲良く、祈り合い、助け合って、主にあって共に歩ませて頂きたいものです。この素晴らしいイエス・キリストの福音を共に宣べ伝えていくことができたらどんなにか幸せかと思います。といっても、皆様に教えられる事ばかりだと思います。どうぞ末永く、宜しくお願い致します。最後に、み言葉で締めくくります。

けれども、私が自分の走るべき行程を走り尽くし、主イエスから受けた、神の恵みの福音をあかしする任務を果たし終えることができるなら、私のいのちは少しも惜しいとは思いません(使徒20章24節)。

1999年11月3日 在主