In the Love of Jesus (イエス様の愛の中で)

金森 一雄 (Kazuo Kanamori)

■氏は慶應義塾大学商学部卒業、現在富士銀行グローバル審査第2部部長。これは「インターナショナルVIPクラブ品川」4月定例集会での証です。



1.生い立ち


私は、1949年(昭和24年)まだ戦後の経済復興の緒についたばかりの東京で生まれました。母が、良い子が生まれるときの夢は「一富士、二鷹、三茄子。」という迷信を信じており、私を出産するときに大きな素晴らしい「茄子」の夢を見て出産したと言って喜んでいたのを思い出します。

皆さんは、「団塊の世代」という言葉をご存知ですか。学生時代、頭を悩ませた「5段階評価」の「段階」ではありません。私の小学校時代は、クラス数が5クラスあって、各クラスの人数は50人以上といったすし詰め状態でした。私は、この団塊の世代の申し子として、「押し競(くら)饅頭、押されて泣くな」の精神で、いつも「五段階評価」の5をとろう、何かにつけて目立とうと考え、そのためには如何にライバルを陥れることが出来るかと言った悪知恵を思いめぐらし、弱肉強食型の生活パターンを繰り広げていました。実際に、いつでも成績はトップ。ガキ大将であり、一方では、フェミニストで優しいスーパーマンを演じ、クラス委員をしていました。

こんな子どもが、名門開成中学に入り、バレーボール部の顧問の先生に目を付けられ誘われたので意気揚々と入部しました。バレー部のモットーは、「早飯、早糞、早風呂」。これが実際に、どんな姿を描くことになるか、どんな世界か、分かりますか。壮烈なサバイバルゲームの世界です。

中・高と進学校にもかかわらず、バレーボールとカンニングペーパー作りに熱中し、成績は体育だけがいつでも「十段階評価」の10、あとはお話ししたくありません。6年間の運動会で5回の総合優勝、最高学年では団長を務めるなど、いつも自分勝手に大手を振って歩いていました。

大学への進学に際しては、バレー部の顧問の先生から、日本体育大学への推薦入学を勧められましたが、「先生の給料は安いから。」とクールにお断りして慶應に進学しました。こういうのは、クールと言わず、ドライと言うのが正しいのでしょうか。



2.富士銀行に入行


大学卒業を間近に迎えた当時の就職戦線は、青田刈りもいいところ。大学3年の1月には、銀行が全産業に先立ち内定を出しました。私は、そんなに早く就職先が決まるのならそれだけでハッピーと考え、当時No.1バンクであり、東京都の金庫番として有名だった富士銀行なら周囲からの聞こえも良いかな、といった程度の考えでお世話になる会社を決めました。

入行一年目の銀行の仕事は、退屈で仕方なく最初の夏には冷房病になりました。朝から仕事が終わった後のことを楽しみに待ち、夜な夜なネオン街に繰り出し、遊びのフルコースをマスターすることに励みました。これ以来、こと遊びにかけての自信はちょっとしたものです。それでも二年目からは、お取引先の海外事業展開のサポートや融資業務を担当し、遊んでばかりではいられなくなりました。プロの銀行マンとして、お客さまの仕事に関係する資料集めや研究を自分なりに徹底的にやり始めました。

当時の私は、この様に昼夜を問わず、仕事と遊びの区別もなく、自己中心的で大胆不敵な毎日を過ごしていましたので、周囲の友人から「刀の刃の上を歩く、剃刀ならぬ鉈(なた)のような男」とか「刑務所の塀の上を歩いている男」と言われ、心配されていました。

富士銀行従業員組合の専従の執行副委員長として、将来の金融自由化を展望して退職金改定や臨給(賞与)要求方式の改訂などに辣腕を振るった後、国際企画部という職場に配属されました。当時、ジャパン・アズ・ナンバーワンという本が評判になっており、「ハーバード流経営学よ、さようなら。日本型経営が一番。」と、日本中が自信満々で奢り高ぶっていた時期でした。富士銀行でも、次から次へと海外に拠点を進出させ沢山の日本人行員を送り出しました。私は、「真の国際化のためには、本社にも英語や中国語を母国語として、かつ日本語を話せる外国人スタッフを用いる必要がある。」と考え、「日本で働く外国人のための人事制度」を新たに制定して採用をし始めました。「会社(仕事)を通じた自己実現」にのみ熱中し、臭くていやらしい典型的な日本人ビジネスマンの姿です。



3.聖書との出会い


現在、シドニー大学で日本語教授をしている、コリン・ノーブルさんは、当時採用した本店勤務のバイリンガル行員第一号のスタッフでした。彼は、「俺が君のボスだ」と言って憚らない私に対し、「天皇は現人神ですか」といった質問をして来ました。当時の私は、「俺が君の神さまだよ」とうそぶいました。それでも彼は、『キリストの水先案内人』として私に日本語の聖書をプレゼントしてきました。日本語の聖書を読みこなし、時に聖書的発言を繰り返す彼に対し、私は持ち前の対抗意識を燃やして聖書を読み始めましたが、ほとんど理解できませんでした。

その後、バブル経済が崩壊し大きな事故が銀行内で発生しました。私は、その原因を調査して二度と同種の事故が発生しない対策を講じる仕事に就きました。日銀や監督官庁の大蔵省からお叱りを受けないようにと、頭を振り絞って徹底的な対策を講じ、システムチェックするための開発投資にもお金に糸目をつけずに行いました。しかしながら、バブルで緩んだ人間の行状を簡単には変えることはできず、相変わらず事故が発生する状況でした。私は自力解決できないことで悩み、考え込むようになりました。その時、「人間の考えた仕組みや制度・システムにはどうしても限界がある。倫理とか宗教的な何かが企業の中に必要なのではないか。」と思わされ、先にもらっていた聖書に自然と手が延び、改めて読み始めました。

「わたしが道であり、真理であり、いのちなのです」(ヨハネ14・6)という聖書の箇所に出会ったときはびっくりしました。「イエス・キリストが真理なの?いのちって何だ?それなら、今自分が探している企業内で必要とする規範や真理は、どうすれば構築できるのだろう」と思い、更に聖書を読み進めました。

そしてその「何か」を探して教会に通い始めました。家の近くの教会に初めて行ったときのことを思い出します。ご婦人ばかりが目立ち、礼拝終了後、人目を避けるようにそっと教会から退散しました。それでも、この時以来、何とか私がイエスさまと教会につながっているのは神さまの導きによるものとしか言いようがありません。



4.イエス・キリストとの出会い


教会に行き始め、入門クラスでの学びを始めたある日曜日、私は礼拝中に高熱を発して倒れました。礼拝が終わるまで、教会の日本間で一人横になって眠り込んでいました。礼拝後、妻の運転する車で家まで辿り着き、そのまま三日三晩ベッドの中。疲れの絶頂期にあったようで、身体全身に湿疹ができ命を失いかねない恐ろしいヘルペスと診断されました。後にも先にも、元気印の私がこんな風に寝込んだのはこの時だけなのです。

ベッドのなかで、聖書を読んでいたときのことです。「医者を必要とするのは丈夫な者ではなく、病人です。わたしは正しい人を招くためではなく、罪人を招くために来たのです。」(マルコ2・17)の聖書箇所に、釘付けになりました。そして、「自分はこうして寝込んでいるけれど、実は身体の病人ではなく心の病人なのだ。」と、気が付きました。

 

人の目にはまっすぐに見える道がある。その終わりは死の道である(箴言14・12)。

こうして私は、「死の道」と「主の道」即ち「イエスさまの道」との違いに気が付きました。そして、「自己中心的人間の私は、生まれたばかりの赤ん坊と同じ。生まれてこの方全然成長していなかった。この哀れで独りよがりな私は、イエス・キリストの十字架の死と復活を信じなければ救われないのだ。」とはっきり分かり、大喜びしました。

私は、45才でイエスさまの虜になった遅咲きの桜。それまで、若くして覚えた自己接待に励み、家庭に帰るのは疲れ果てて眠りに着くときだけ。仕事人間と妻に揶揄されていた情けないバンカー(馬鹿)でした。それでも、妻の涼子が私を粗末には扱わなかったことと、「茄子」の夢を見た母の胎の中にいるときからずっと、神さまが私を愛し続けていてくださったことが救いなのです。



5.聖書に基づく経営の実践


私が洗礼を授かったのは、富士銀行恵比寿支店長の時でした。当時の恵比寿は、ヨーロピアンスタイルの恵比寿ガーデンプレイスが完成する時期で、例えば、恵比寿支店の一日の来店客数が3千人から3倍の一万人近くになるといった状況で、人、物、金、すべてがごった返していました。

私は、この環境下で、旧約聖書箴言10章5節の「夏のうちに集める者は思慮深い子であり、刈り入れ時に眠る者は恥知らずの子である」という箇所を踏まえ、業容拡大の最高のチャンスと判断しました。そして、リニューアルされていく恵比寿という街に転入して来られる方々が、自然に富士銀行に呼び込まれてしまうような「秘策」を次々と考えて実行に移し、山のように個人の口座開設申込書、マンション購入のローン申込書や新規の事業融資申込書が積み上がりました。この状態は、「夏に働く蟻たちが餌を運び過ぎて穴の入り口に溢れているようなものだ。」と思えて嬉しい悲鳴を上げていました。

そんなときに、本部からの検査。整備状況が悪い、支店長以下役付者の管理不足と、大目玉を食らいました。おまけに、ある役員には、「がむしゃらにやって、事務処理ができなくなるのはやり過ぎだよ。」とまで言われました。私の心の中に、「マーケットの状況や今やるべきことを本部は何にも分かっちゃいない。『ベンチがアホだから』と言った元阪神タイガーズのピッチャー江本氏の気持ちが分かる」と、サタンが働きかけます。

その時、新約聖書ローマ人への手紙13章1節が思い出されました。

人はみな、上に立つ権威に従うべきです。神によらない権威はなく、存在している権威はすべて神によって立てられたものです。

バビロンへ連行されたダニエルも、バビロンの王ネブカデネザルの配下で「知恵と思慮」をもって仕えました。ただ、信仰のこと、偶像礼拝について徹底的に反抗したのです。

私はこんな風にして、この時の心の混乱状態を聖書の判断に従って整理することができました。そして、「私のマーケット戦略によって整備未済の書類が発生したのだから私一人の責任、指摘された問題は早期に整備できる」と、本部に説明し、謝罪することができました。

もし、私にキリスト信仰がなかったら、上に立つ本部を恐れるだけで、謙遜さを忘れ、自分の力に頼った解決策を急ぐあまり取り返しのつかない事になっていたと思います。

今振り返って見て、不信仰者の私がまがりなりにもその職責を果たせたとすれば、ピリピ人への手紙4章6、7節の「何も思い煩わないで、あらゆる場合に、感謝をもってささげる祈りと願いによって、あなたがたの願い事を神に知っていただきなさい。そうすれば、人のすべての考えにまさる神の平安が、あなたがたの心と思いをキリスト・イエスにあって守ってくれます」に、支えられたからだと思います。



6.バブル経済の清算人として


湯水のようにマネーが流れ、ゴルフ会員権を買いあさり、株式投資に異常な興味を示す。衣服も上から下までブランド品。犬までブランド指向。ロックフェラービルやゴッホの絵まで買いあさった日本企業。みんながお金に浮かれて踊り、明日の行方を考えなかったバブル経済下の日本人。

そしてバブル経済の崩壊。これまでの常識がひっくり返されるような事態が次々に発生した。山一證券や長銀・日債銀などの破綻を誰が予想したでしょうか。そして今、破綻寸前の企業に対し、銀行が債権放棄する例がある。借りたお金を返さないで済むというのは、かつてなかったこと。銀行に債務免除してもらった企業は、生き残りをかけて必死にスリム化策を展開する。

私の現在の仕事は、こうした企業の財務面の患部を切除する手術をして、術後のリハビリテーションの側面支援をすること。忍耐を持って望みを抱き、更生を期待する。これには大きな経済的負担が伴うので関係者の了解が必要です。主治医の私としては、関係者の合意形成に向け必死になります。

先日、私はある企業の財務面の手術をするにあたり某銀行に協力を求めに行きました。話が大詰めになった時、細部のところで双方の主張がぶつかり険悪なムードになりました。忍耐力と品性に乏しい私はプッツンしました。「協力が得られないのならこの手術はできない」と、大きな声で言い、席を蹴りたい心境になりました。

それでも私は、「しばらく祈らせて欲しい」と、断りその場で声を出さずに心の中で「神さま助けてください。みこころをお示しください」と、短く祈ることが出来ました。人事を尽くして天命に委ねる。やはりイエスさまが救ってくれました。祈り終わると、私の憤りは収まり平安が守られました。相手方はキョトンとした顔付きをしていましたが、全面協力姿勢に変わりました。この時の話は、同席していた同僚が「どうなることかとハラハラドキドキ。でも金森さんが、いきなり祈り始めたときはびっくりした」と言って、今では酒の魚になっています。

マルコによる福音書11章23節には、次のように書かれています。

まことに、あなたがたに告げます。だれでも、この山に向かって、『動いて、海にはいれ』と言って、心の中で疑わず、ただ、自分の言ったとおりになると信じるなら、そのとおりになります。

皆さんは、こんな風に、山を海に入れたことがありますか。

私は、これまでの銀行員生活の中で、とても自分には出来ないと、ギブアップしそうな大きな問題に何度も出くわしました。こうした時には、イエスさまに解決を求めて祈り続けます。祈り続けていく中で、解決策が示され、大きな山をいくつもいくつも動かしてきました。これが私への聖霊の働きで、大変感謝しています。



7.我が家の現状報告


私の家庭にも、イエスさまが確実に働かれています。

娘の雅葉は、この春の高校進学にあたり、昨秋いくつもの高校の文化祭に精力的に出かけて行き、各学校の雰囲気を比較して、第一志望校をカトリック精神に基づいて設立された「浦和明の星女子高等学校」に決めました。そのためには、中学の「校長推薦」をもらい、「1月中に行われる推薦試験にチャレンジしたい。」と、用意周到な準備を進めて見事に合格しました。

その合格をお祝いして、私の所属する久喜福音自由教会の「中学生科」の先生方からe-mailをいただきました。今日は、このやりとりでの雅葉の返信したe-mailをご紹介させていただき、我が家の現状報告とさせていただこうと思います。勿論、娘の了解を取ってまいりました。

お祝いの、メッセージを、ありがとうございました。
晴れて、高校生活を迎えることが出来、大変嬉しい次第です。父が推薦なので簡単に合格したと言っているようですが、私は簡単になど合格していません。辛かった塾生活にずっと耐えていました。自分の選んだ道を歩くために、さまざまな努力をしてきました。推薦で合格するためにどうすれば良いか、「教会に行きなさい」という両親の意見に耳を傾けずに、生活しました。人よりも沢山の資格を取りました。

両親は、私を塾に預け、新婚気分で、日曜日はほとんどキリスト教関係の会に熱狂的に参加していました。そして、私の成績が上がると、我が物顔で親戚に言いふらし、私の成績が下がると相手にされず、聖書や教会の話ばかりの毎日でした。そして、分けの分からない馬の家具を両親二人だけで勝手に決めて購入し、リビングルームにおいた。何をし出すのか、、、、。そのあげく、毎月第3土曜日に「ぶどうパンの会」(家庭集会)が開催されることになった。

父は、人を招くことが大好きである。母は、人に喜ばれるのが大好きである。二人の意見が、合致した結果であろう。私の勉強友達が、第三土曜日に家に遊びに来た。その時、彼女は私にこう言った。「雅葉ちゃん、これでは勉強できないね。」くやしかった。日曜日に、塾から帰って来て、「疲れた。」と言っても、「今日は、教会に行っていたから、ご飯作ってない。」と、流されてしまうのが、おちでした。「テレビでも見れば。」と言われるだけです。受験生の、親のだれが、こんなことを言うのでしょうか?私は、キリスト教の良いところを沢山知っています。ですが、父と母が行っている教会には、行きたくないです。信じるだけが、宗教なのでしょうか?人間の心を、いたわることが出来るのが、真のクリスチャンだと思っています。私は、何故か、心が完全に冷えきっています。ミーハーのクリスチャンにはなりたくない。

私の性格が、分かっていただけたでしょうか?私は、他人の発言した一言一言に過敏に反応を示すリトマス紙なのです。父や、母や、教会のことを、さんざん批判しましたが、どれもこれも、私より優れたものです。私の文章は、悲惨で難しいかも知れません。お赦しください、神よ。罪深い人間、私を。そして、私の、精神の魂が、真実の、紛れもない自分であれるようにお祈りしていただけたら幸いです。

あらゆるものに感謝し、あらゆるものに敬意を表し、あらゆるものに傷つきやすく、心の奥底で、表情とは違ったことを感じている15才の、金森雅葉からのメッセージを最後まで、読んでいただけたでしょうか・・・・・・・。お暇があれば、何でも良いのでお返事ください。

私たち家族三人が、神さまの御手のなかで試行錯誤しながら、滑ったり転んだりして、神さまの恵みによって生かされている様子をご理解いただけたでしょうか。

娘の雅葉は、この4月7日から本当に行きたくて行きたくてしょうがなかった憧れの高校に通い始めました。すべてから解放され満面に笑顔を浮かべています。「ママー。本当に神さまに愛されている気がするのよー。毎日が楽しくて幸せ。」と言って、履き慣れない革靴で痛そうに足を引きずりながらスキップを踏んで通学しています。一人っ子が、受験勉強を続けた日々の心の中の葛藤を自分なりに整理して、本当の意味で中学を卒業してイエスさまとともに歩み始めた様です。