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  My Story


2005年4月3日

津久井 恒雄

キリスト教との出会いから洗礼を決心するまで

(生い立ち追加バージョン)

私は栃木県足利市に建築会社を経営する家庭の長男として生まれました。2歳違いの姉と妹に囲まれた一人息子であったことからか、両親は私だけに特別に教育熱心で、幼少から塾に通わせるかたわら、私が小学校4年生になった時には英語の家庭教師をつけ、早くから私に英語を学ぶ機会を与えてくれました。以来私は物心つく頃には英語が大好きになり、いつかはアメリカで暮らす、英語で身を立てるという夢を抱くようになっていました。大学も英文科に進学、就職はアメリカに事務所があるという基準で会社を選び社会人となりました。26歳の時に結婚し、3人の子宝に恵まれ、欧州ベルギーでの5年間の駐在を経験しましたが、勤務する会社からは待てど暮らせどアメリカ駐在の辞令は降りず、いつしか小さい頃からの夢は大きく遠のき、気がつくと日々の仕事と生活に追われる中年サラリーマンまっしぐらの人生をひた走っていました。もちろん宗教やイエス・キリストのことなど考えたことも、考えようとすることもありませんでした。

そんな私に、イエス様との出会いはある日突然やってきました。

それは2004年5月に私がロスアンジェルスに転職活動をするために2週間渡米してきた時にさかのぼります。40歳を過ぎて長年の夢である米国移住作戦を実行に移すべく、15年間勤務した会社を辞め、3人の子供と妻を日本に残し、無謀だアホだと回りに言われながらも、とにかくアメリカに行って現地の新聞や情報誌を頼りに求職活動すれば、何とか仕事は見つかるだろうという浅はかな、しかし本人は大真面目かつ決死の覚悟でアメリカ行きの往復航空券を買ったのでした。何のツテもアテもコネもなく、もちろんビザもなく渡米することを知った当時取引先であった大手商社の方が心配してくれて、“アメリカにいくなら幼馴染の友人がロスにいるので、その人を頼って会いに行ったら、相談にのってくれるかもしれません”とアメリカ人と結婚しているという彼の幼馴染を私に紹介してくれたのです。ロス行きの航空券は買ったものの、企業との面接のアポは一切取れていなかった私は、すがるような気持ちで紹介されたその見ず知らずの方に日本からメールを送り“お会いして情報交換させてください”とお願いしたのです。その方の名前は金成さんという方でした。金成さんはロスで私と会うことをOKしてくれただけでなく、ホテルやレンタカーの手配までしてくれたのです。更に、ロスの空港に出迎えまで来てくれると言われ、右も左もわからない私はただただ金成さんという見ず知らずの方の好意に甘えることにしたのでした。

そして04年5月中旬の土曜日の朝、ロスアンジェルス国際空港で、私の名前を書いたボードを抱えた金成さんに初めてお会いしたのでした。金成さんは会って間もなく行き成り“僕はクリスチャンです。”と切り出し、“明日の日曜日に教会の集まりで、バーベキューパーティがあります。そこに日本人がたくさん集まるので、転職活動の助けになるかも知れません。もし暇であれば明日一緒にバーベキューパーティーに参加しませんか?”と誘ってくれたのです。キリスト教徒の集会ということには抵抗を感じましたが、日曜日には転職活動も出来ないし、何の予定もないし、仕事のツテも見つかるかもしれないし、それよりなによりバーベキューを食べられそうだいうことで、私はその集会に参加することにしました。

翌日、晴天の下その集会に参加してみると、バーベキューパーティーの始まる前に、日本から来た信者の方の話や牧師さんの話、その後、お祈りやら、聞きなれないフォークソング調賛美歌の合唱等の“儀式”がありました。これが私が始めて遭遇した礼拝でした。場違いな所に来てしまったというか、何も判らずバツが悪いなという思いをしたように覚えています。漸く一通りの行事が終わり、バーベキューパーティが始まり、そこでいろいろな方と転職やキリスト教の話をしたことを覚えています。

こうして私の米国での転職活動は思いがけず、“バーベキュー礼拝”への参加という形でスタートしたのです。今思えばここから私とイエス様との出会いが始まることになるのですが、その時の私にはその後どのように神様が私をお導きになるのかは全く知る由もありませんでした。

その後アメリカでの孤独な職探しを2週間することになるのですが、バーベキュー礼拝から数日後、宇野先生から夕食を招待されました。また誘われるがまま宇野先生宅にお邪魔し、夕食をご馳走になりました。その時に、サンフランシスコにも職を探しにいく私の計画を知った宇野先生は、サクラメントにすし屋を経営している日本人の牧師さんがいること、次の日曜日にはそのサクラメントの教会には100人以上の日本人が集まるので礼拝に参加すれば職探しの手助けになるかもしれないこと、その牧師さんが経営するお寿司屋さんが非常においしいらしいということを話してくれました。とにかくどんなツテを使ってでも仕事を見つけたい気持ちでいた私は、ロスからサクラメントまで車を飛ばし、その教会にお邪魔することにしたのです。心のどこかに今度はおいしいお寿司が食べられるかもと期待していたのかもしれません。100人以上集まるという話だった集会は、行ってみると20〜30人くらいの高齢の日系人女性の方ばかりの礼拝でしたが、何人かの男性とは転職の話しを聞いていただき、少しヒントになる助言を頂いたりしました。ちなみに帰りがけにお寿司屋さんでおいしいお寿司を頂いてサクラメントを後にしました。

その後もサンフランシスコ経由でロスに戻って更に職探しをしていた私を、宇野先生と金成さんは、またまた食事に誘ってくれたのです。今度はフランス料理でした。翌日日本に帰るという私に、フレンチレストランで昼食をしながら、宇野先生はキリスト教のことをレストランのテーブルシートの裏にイラストで説明をしてくれました。“罪の代償は死”であり、断絶された人と神の溝をうめたのが十字架であると説明されましたが、その時の私にはどういうことなのかサッパリ理解できませんでした。そして宇野先生は昼食後に、聖書2冊、三浦綾子の聖書入門、その他キリスト教関連本、更にはキリストの映画やハーベストタイムのビデオ数巻を、ごっそりと私に渡してくれたのです。そして、“アメリカへの転職活動は、神様のご計画がおありになるから、きっと神の計画通りに最善の方向に導かれるでしょう”と祈って下さったのです。その時の私は、神の計画がもし米国で転職できないという計画だったらどうしようと思いつつ、でも本当にこのいきあたりばったりの転職活動だけで万が一仕事が見つかったら、“神様の存在を信じてやってもいいよ”などと思っていました。

日本に帰って2週間後、ロスで面接した会社から採用を前提にビザの申請に入るという朗報が届きました。その時私は、自分で必死で転職活動したから頑張った分だけ結果がついてきたんだとうぬぼれる反面、これは奇跡的だし、もしかして自分の力だけではない何かの力が働いたのかな?という気持ちがわいてきたのです。その頃には宇野先生に頂いた三浦綾子の新約聖書入門を読み終え、聖書には一体何が書いてあるんだろうという興味もわいてきていました。

その後ビザが取れるまでの約3ヶ月間、無職状態で時間をもてあましていた私は、映画のパッションを見たり、宇野先生から頂いた本の著者であるクリスチャン弁護士の佐々木満男氏にお会いしたり、日本VIPクラブに顔を出したり、デイリーブレッドを読んだり、よくわかるキリスト教などの入門書を買って読んだりして、すこしづつ自分なりにキリスト教を理解しようと時間を費やすようになりました。しかし、所詮そこに書いてある内容は2000年前に起きたであろう他人事であり、部外者として読んでいるからか、今ひとつピンとこない内容に思えて仕方がありませんでした。

そうこうするうちに無事就労ビザが下り、04年10月に念願のアメリカに5ヶ月振りに戻ってきたのです。ロスに着いて真っ先にお会いしたかったのは、転職活動でお世話になった金成さんと宇野先生でした。とにかく転職時に親身になって相談にのってくれたお礼を直接お伝えしたかったのです。

そんな経緯から、アメリカに来てから日曜日はほぼ毎週RHCCに足を運ぶようになりました。相変わらず聖書のことは何か違う世界の話のような気がしていましたが、宇野先生の話を聞いていると時々、へえそうなのかと思うようなことも少しずつ出てくるようになってきました。04年11月のビリーグラハム・クルセイドに参加した際も、会場ではまだまだ他人事のように感じていましたが、数日後ビリーグラハムのパンフレットを読み返してみると、我々の罪の為にイエス様が十字架にかかってくれたということが“あっそうだったのか”とはっとする瞬間があったりするようになりました。

それでも、聖書はあまり読み進まないし、まあ少しずつ読んで一年ぐらいして一通り読んで何か感じることがあるようなら、その時に洗礼のことは考えようというくらいノンビリした気分でいました。

ところが、3月中旬のある日、“その時”は思いがけずにやってきました。

実は一人で米国に来た私には、日本に残してきた家族、妻との間に大きな個人的な問題を抱えていました。そのことを宇野先生に話をしたところ、宇野先生は大いに心配してくれて、こう私に話してくれたのです。“人が人の気持ちを変えることは出来ません。しかし神なら出来るのです”と。また、“まず、自分が心の底から変わらないと、人は変えられない。その為には自分が心の底から変えられないといけません”とも。“全て過去の過ちは神によって許されるのです。自分を許さないと、人を許す事はできないのです”。更に“クリスチャンはいわば自分の弱さを認めた人達なのです。自分では何も出来ないと神の前で「降参」した人達なんですよ”と。

これまでの私は、自分を罪人であることを認めることを拒絶してきた人間でした。さんざん家族を省みず自分勝手な生活をして、数え切れないほどの“罪”を犯してきたのに、そのことを認めようとしませんでした。陰で悪いことをしてきたので、それを公に認めることなんてできませんでした。また、自分の弱さを認めることは格好の悪いことで、人前でそのことを認めることなんてしたくないと意地を張って生きてきました。目標を設定してガムシャラに努力すれば結果は努力した分ついてくるんだと信じて生きてきました。自己実現こそが人生の最大の目標だとも考えて生きてきました。自分の人生、当然自分が中心だと思い込んでいました。宗教を信じるなんて、何かに思い悩んだ人間がすがるもの、弱い人間が頼るもの、暗い人間が洗脳されて信じるものだと思っていました。そんなものは自分には関係のないこと。自分はそんな弱い人間じゃない。神に頼らなくても、自分で自分の問題は解決していく、解決できると思っていました。

ところが気がついてみると、自分の力では到底解決の出来ない問題に自分自身が直面していました。無力な自分が無駄にあがいているだけであることを知ったのです。自分は本当は弱い人間であること、自分の義や勝手な悟りを押し通すこと自体こそが罪であり、自分がしてきたことはまさに“神にそむく”行為の繰り返しであったことに気付かされたのです。

それでも聖書の100分の1も読んでいない私には洗礼は早すぎるのではないかという問いに、宇野先生はこうおっしゃったのです。“コンピューターやTVを使うのに、全てのメカニズムを理解してから使う人はいません。まずスイッチを入れてみるところからスタートするのです。牧師の私でも聖書は今でもわからない所が増えています。”と。

もうお手上げでした。潔く自分の弱さを認め、自分を罪人であると白状し、その罪を許してくれるイエスキリストを心に向かえ、神に屈して全てを委ねることを決断しました。

その決心の後は、これまで他人事としか映らなかった聖書が、また眠くなって何度も同じ部分を読んで読み進まなかった聖書が、読むと止まらなくなって内容もすーっと心の中に入ってくるようになってきたのです。毎週日曜礼拝に足を運んで、何となく聞いていた賛美チームの歌が、決心後は心に訴えかけてきて、不覚にも涙と鼻水が止まらなくなり、人知れず体を震わせてしてまったほどでした。

聖書のこともキリスト教のことも何も判っていないままクリスチャンライフがスタートしました。ただ、今わかっている事は、イエス様が愛をもって救いの手を差し伸べてくださっていて、それに背を向けず従っていくことが、自分に出来る最善の選択であるということです。

振り返れば、金成さんに出会った時から全ては始まっていたのかもしれません。後から知ったのですが、私を採用してくれた現在勤務する会社の日本人上司はクリスチャンでした。金成さんを始め、宇野先生やRHCCの皆さんに出会えたことはただの偶然ではなかったのかもしれません。全ては何かに導かれていたのかもしれません。そして今イエス様に出会えたこと、いやイエス様が自分を導いてくださったことに畏敬の念とともに大いなる感謝と喜びを感じています。

アーメン。

 

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