VIPは、聖書の「私の目にはあなたは高価で尊い」“Very Important Person in God’s eyes” の理念に基づくフェローシップです。
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  My Story


きっと赦してくれる日は近いから

― パウロ アカギ カズヒコ ー

「主よ、兄弟たちがわたしに対して罪を犯したなら、何回赦すべきでしょうか。七回までですか。」イエスは言われた。「あなたに言っておく。七回どころか七の七十倍まで赦しなさい。」
―マタイによる福音書18:21〜22―

― 涙なくしては聞けません ―
「ありがとう。よく帰ってきてくれて…。あなたは、わたしたちの希望だったのよ」。「祈りの女性軍団」の一人が、「不倫地獄」から戻ったわたしに最初にかけてくれたことばです。彼女は、手を握って涙を流しながら迎えてくれました。部屋の奥からも「お帰りなさい!」のはずんだ声がかかりました。振り向くと、涙で顔をくしゃくしゃにした女性がいます。「彼女は、張り切って、あなたの好物のケーキを昨晩からずっと焼いていたのよ」と説明してくれたもう一人の女性も涙を流していました。石が飛んでくることを覚悟して緊張していたわたしは、とてもバツが悪く、みんなに合わせる顔もないと感じ、その部屋に入ったのです。はじめのことばを聞いた途端に涙が溢れ、思わぬ展開に腰が引けました。
「放蕩息子」であったわたしを迎える食卓には、美しい花が飾ってありました。食べきれないほどのご馳走が並んでいました。部屋には讃美歌が流れていました。歓迎会となったこの日、インターネットで情報を知り初めて参加した人もいました。離婚騒動のわたしは、神妙に「祈りの女性軍団」の前に出ました。「あかし」に立ったわたしは、「ごめんなさい」とただ平謝りに謝るだけでした。そこに同席した家内も泣いていました。わたしの懺悔を聞いて感想を語っていただいた方から、「きょうのあかしは、涙なくしては聞けませんでした」と、そう言われ、彼女も泣いていました。見えない神さまがいらっしゃるような「あわれみ」と「なぐさめ」に満ちたこの日のことを、わたしは生涯忘れることはできません。そして、二度と同じあやまちを犯してはならないと固くこころに誓いました。
「祈りの女性軍団」の何人かの方のご主人は、もう、数年前に家出したり、別居したり、離婚調停が進行中の方でした。それゆえ、「あんな罪を犯したあなたですら帰ってきたのだから、わたしの主人が帰ってこないはずがない」と思ってくれたのです。彼女たちには、わたしの帰宅が希望と光であったようです。けっして、わたしに好感を抱いていた訳ではありません。むしろ、わたしは「女性共通の敵」でした。自分たちの今の苦しみや悲しみを身近で一番知っているくせに、ご主人と同じ「迫害行為」を加重したわたしに怒り心頭だったはずです。しかし、愚痴や恨み言をいうでもなく、涙を流して迎えていただいた「祈りの女性軍団」の愛の豊かさにたじろぎました。「自分を迫害する者のためにも祈る」わたしは、こんな方たちを敵に回していたのですから、勝てるはずもありませんでした。
しかし、この場に同席してぜひ、わたしの誓いを聞いて欲しい二人の娘は、ついにやって来ませんでした。わたしの離婚騒動が原因で、当然のことながら親子関係に大きな亀裂ができたのです。わたしの第三番目の「あかし」の「一度捨てた家族の元にどうして戻ってきたのか」を読んでくれた女性から「あなたのお嬢さんたちは、父親のことが大好きだったのよ。その気持は今でも変わらないはず。きっと、赦してくれる時は近いから…」となぐさめられ、またしても涙が溢れました。

兄弟たち、してみるとあなたがたは、悪い者であっても、自分のこどもにはよい物を与えることを知っているのです。とすればなおのこと、天におられるあなたがたの父がどうして求める者たちによいものをくださらないことがありましょう。
―マタイによる福音書7:11―

― 神さまが与えてくださいました ―
長年待ち望んだ長女が生まれたころのわたしは、ほんとうに目の中に入れても痛くないほど彼女を可愛がりました。「昔から娘十八、鬼でも可愛い。と言うが鬼の君でも娘は可愛いだろう?」とトップから言われ、愛好を崩していました。親の成長よりも早いスピードで成長を遂げていく娘たちを見て「この子たちのためにもがんばろう!」と励まされた子煩悩の父親でした。労働賃金の最も高いサラリーマンの頃、大学生の娘たちにも出費がかさみました。生活レベルも高くなっており、結局、年俸を多く貰っても多く出ていくばかりでした。それでも、「子は親を選べないのだから、娘たちの願望は何でもかなえてあげたい」という気持でした。
すでに嫁ぎましたが、長女は素直で、明るい娘です。また、次女は美人で聡明、手のかからない娘です。次女も、いまは成人して社会人になりましたが、すでに適齢期にあって、ボーイフレンドの影がちらつき、父親としてはおもしろくありません。わたしの不倫騒動以降は「不潔な親父の入った風呂は、沸かし換えないと入りません」と家内に抗議します。徹底してわたしとは接触を持たないようにしているのです。口も聞いてくれませんし、わたしの存在そのものを無視しています。お互いに頼るところは、数年前のデータです。現在、どんな姿をしているのかも知らないで同じ屋根の下に住んでいます。「神を信じなさい。そうすれば、あなたも、あなたの家族も救われます」という聖書のことばに支えられて、その日がやって来るのを待望しています。次女は、新居ができた長女のところに彼と出入りしています。彼は家内とは将来の話し合いをしたり、もう親子のようです。わたしは、娘たちを遠くに追いやってしまった結果、娘のボーイフレンドにも会うことはできません。そのうち、次女も嫁ぐことでしょう。いまは娘たちとは疎遠な間柄にありますが、物理的に我が家に受け入れてもらえただけでも感謝しています。わたしにつまずいた頑なな娘たちのこころをこじ開けたり、議論や説得をするつもりはありません。ただ、ひたすら詫びるだけです。
家内の弟や姉も、叔父・叔母の立場から、わたしの娘たちに「お父さんに反抗しないように…」と説教し、「母親が、甘やかして育てるから…」と家内を叱ったようでしたが、娘たちは頑として、説得に応じなかったようです。この話を聞いたわたしは「さすが、我が子」とその頑なさを恨むより、むしろ、喜びました。わたしがどんな行為をしたか、その結果、娘たちがどんな行動にでてくるか判っていたからです。
最近、家内の姪の結婚式に招かれました。「大学在学中に父は亡くなりました。わたしは母とともに生きてきました。尊敬する人物は母です。きょうまで教え、育ててくれたことを感謝します。わたしは新しい家庭を築き妻を幸せにします…」と宣言する婿をすばらしい青年だと感じました。ついで、両家を代表して、あいさつに立った義弟は「多くの美しいことばでみなさまに感謝を申しあげようと準備してきましたが、何も言葉になりません。跡取りが欲しいと望んでおりましたが、わたしたちの家庭は、男の子にめぐまれず、娘3人でした。長女を嫁に出すことになりましたが喜んでいます。神さまは、今日、こんなすばらしい息子を与えてくださいました。感謝します。後は、ことばになりません…娘をよろしくお願いします」と絶句してしまいました。全員が感動して、ほとんどの人が泣いていました。わたしも家内も、家内の姉も、親族は「弟がこんなに感動的なあいさつをするとは…」と、うれし泣きしました。まさしく、ことばとは「根底に愛がなければ何の役にも立たない」と深く考えさせられました。他方、わたしの結婚式への出席を拒否した娘たちは、わたしの変化を静かに見ています。神におゆだねして、神のときに神の方法による解決を待ち望んでいます。
 主は、ある人たちが遅いとおもっているように、その約束のことを遅らせておられるのではありません。かえって、あなたがたに対して忍耐深くあられるのであって、ひとりでも滅びることを望まず、すべての人が悔い改めにすすむことを望んでおられるのです。
―ペテロの手紙3:9―

― 父の放蕩生活とわたしの不倫 ―
いま、わたしは多感であった高校時代と家庭環境を振り返ります。高校に入学したてのわたしは、春の「文化祭」で寸劇「父、還る」(原作 菊池 寛)の父親役を演じました。「新1は各クラスが競演するもの」という前例がありました。キャストを決めるとき、なり手が誰もいなかったため、わたしにお鉢がまわってきました。そのあらすじは、家庭を投げ出し出奔した父親が放蕩生活の後、落ちぶれて我が家に舞い戻ってきます。これを受け入れようとする母親、拒絶する二人の兄妹との「愛の葛藤」を描いたものでした。父親は子供たちの拒絶にあい、舞い戻りを断念して、「もう、いい!何も言うな。皆、達者で暮らせ…」と力なく別れを告げ再び我が家を出ます。しばらく経って、帰宅を拒んだものの、安否が気がかりになった母親と子供たちが「おとうさーん!」と叫びながら後姿を追うところで幕が降ります。観客席から、「よう!大統領!」とヤジが飛びました。台詞には(目一杯、感情移入すること!)とト書きがありました。原作には、この家族が生き別れたままなのか、再びめぐりあえて失われた家庭が回復したものなのかの記述がありません。「この小説を読んだ人が、それぞれの立場や見方で考えるために、作者があえて含みを残しながら筆を置いたもの」という解説がありました。
高校時代もともとわたしは、弁論部に所属していましたが、初舞台を踏み演劇部にも勧誘されました。そして、次の芸能祭に掛ける出し物とキャストの選択にあたりました。その頃、流行っていた「青春学園ものもいいなあ」と思いながら、学校の記録を調べました。明治30年元旦から読売新聞に連載されたという「金色夜叉」(原作 尾崎紅葉)が、何度も上演されていることが気になりました。戦後復興に向かう当時の時代背景として、これらの名作が人々に好まれたという事情や「財貨と愛」がテーマでした。
先輩たちの出演写真やシナリオを見たわたしは「学生服、高下駄、マント姿の寛一とカツラをかぶったお宮の時代がかった着物姿が絵になる」と踏んで、次の舞台はこれに決めました。わたしの両親が明治生まれの人だったことも一因でした。
ダイヤモンドに目がくらみ、高利貸の富山のもとに嫁ぐお宮に激怒した寛一が、月夜を見上げ熱海の海岸で、「来年の今月今夜、俺の涙で曇らせて見せる…」という名台詞でお宮を足蹴にするシーンがありました。センスを持って語る口ひげの弁士役のなり手がなかったので、結局、わたしがやりました。カーテン・コールのとき、わたしは、出演者を代表して会場に向かって、「愛について考えよう!そして、演劇という窓を通して、人間や社会を正しく見つめよう」と呼びかけ「彼は、早熟なヤツだ」と皆から笑われました。高校時代、わたしは演劇を通しても「愛の葛藤」や「家族の絆」、「財貨と人」とのかかわりを学んでいたのです。
授業を投げ出して文化活動に傾斜する「できない子」だったわたしと向き合い、活動をしっかり支えてくれた担任の教師を思い出します。先生は学徒動員により、働いていた広島の軍需工場で「ピカドン」にやられた被爆者の一人だったのです。卒業式の後、教室に戻ったクラス全員の前で「母校の先輩としてのわたしは、君たちには何もしてやれなかった。教師としての非力を詫びる。若人は希望に燃え、光の未来に羽ばたけ。さらば」そういってひとりひとりを抱きしめて送り出してくれた恩師との涙の別れを思い出します。いまでは被爆の後遺症からすでに他界しています。生徒と向き合ってくれた尊敬する教師でした。生徒の前で公言することはありませんでしたが、実は彼はクリスチャンでした。日教組の力の強かった時代です。わたしは右派のひとよりも、進歩的文化人、労組のカリスマ委員長にあこがれを抱く、やや左傾化した少年でした。「いまの教育はなっとらん!」とバンカラの学生服姿で寮歌を高唱する旧制中学出身の老人や、「日の丸」を振り愛国心を唱える右派の方にはソッポを向いていました。

わが子よ、わたしの言うことを守り戒めをこころに納めよ。
戒めを守って、命をえよ。わたしの教えを瞳のように守れ。
それをあなたの指に結び、心の中の板に書き記せ。
―箴言7:1〜3―

― 離婚だけはするまいぞ ―
わたしは、自分の父と同年齢のころ、今度は実人生で女性につまずき「父還る」を実演してしまいました。幼いときから「前車の覆るを見て、後車の覆るを戒めよ」という諺を引いてわたしにあれほどまでに「女性問題」を早期教育してきた母には、父とわたしの不倫が二重写しになり、ダブルショックから相当にこころを痛めました。わたしが元の家庭生活に復帰して、ほどなく、母は「認知症」になってしまいました。息子のしでかした悲しい出来事を忘れ去るためだったのだと思います。また、家内や娘たちにとっては、わたしの不倫は想像もつかない「ありえない現実の出来事」でした。
わたしの父も、女性には「目がなかった」そうです。女性に捨てられると家に舞い戻っては「お母ちゃん、相すまん!」と頭を下げ、門をくぐったようです。反発した子供たちを尻目にお金を握ると、またしても女性に走る行動を繰返しました。迎え入れる母はその都度、「この子を泣かせてなるものか」と末っ子のわたしを抱きしめては泣いたそうです。母は、父が「不貞行為」をいくら繰返そうとも「離婚だけはするまいぞ」と固くこころに決め、忍耐強く父の帰りを待ったようです。父は「人生50年の時代」を気ままな生き方をして本宅に六人、妾宅に二人の子供を残して脳溢血のため56才で他界しました。父の女遊びのことを母は認知症になるまでの50年間に及んで口が酸っぱくなるほど語り草にしていました。「家族を泣かせてはならん!」という信念と「不倫」が招く罪の大きさ、深さを幼い頃からわたしに教え続けてきたのです。やがて成長して家庭人となる息子には絶対に父の二の舞いだけはさせない、女性関係をめぐって家族の離反はさせないと、幼いときから、ことに厳しくわたしに教育してきました。
父は、末っ子のわたしと四歳年上のすぐ上の兄との間に挟む形で、妾宅にも二人の実娘を残しました。つまり、兄の下は妾宅の長女、次女、末っ子のわたしと4人の子供が並んでいたのです。父を筆頭者とする戸籍には、わたしの父母の実子として入籍されていました。妾宅から一時帰宅のときの父は、わたしを溺愛しました。「ふたつの家庭」で我が子に愛情を注ぎ続けました。一方では愛の葛藤や生き方にも悩んだはずです。わたしの兄弟間にも父をめぐっては、それぞれの受けとめ方、感じ方の違いがあって兄弟間で二号問題に触れることはタブーでした。幼かったことと愛情を注ぎ続けてくれた肌で接した父をわたしはそんなに嫌ではありませんでした。
むしろ、わがままを容認してくれる父が好きでした。父にとっては、我が子に対する精神的な欠乏の穴埋めや罪滅ぼしのつもりだったのかどうかはわかりませんが、少なくとも、わたしの欲求は物力によって全部、満たしてくれていました。他方、母は妾宅の娘たちをも実子と同じように可愛がり、「あなたたちの父親をわたしに免じて赦してやって」と詫び続けました。彼女らの実母が亡くなった後は、外子の母親役を果たしていました。実子には厳しいしつけをすることもありましたが、外子の娘たちには甘い元教師でした。自分たちの罪ともしっかり向き合っていました。戦後強くなったのは「靴下と女性」という新聞の論調が受けていた時代を、「教育者」の母は気丈に生きていました。その後、婦人保護更生施設の指導員になり婦人問題に生涯をかけたのも、原点にはやはり、父の放蕩生活と家庭環境があったのだと思います。きっと、「愛の再教育をするように…」という神のご計画に従ったものと思います。

イエスは言われた。「わたし道であり、真理であり、命である。
わたしを通らなければ、だれも父のもとに行くことはできない。
―ヨハネによる福音書14:6―

― 教育基本法改正の動き ―
現行の「教育基本法」(昭和22・3・31 法25)が施行されたのは1947年です。わたしの生まれた翌年です。日本国憲法に則り、教育に関する基本理念と教育の基本的あり方を宣言した前文および11条よりなる法律です。「教育は、人格の完成をめざし、平和的な国家及び社会の形成者として、真理と正義を愛し、個人の価値を尊び、勤労と責任を重んじ、自主的精神に満ちた心身ともに健康な国民の育成を期して行われなければならない」と定め、教育の方針、教育の機会均等、義務教育、男女共学、学校教育、社会教育、政治教育、宗教教育、教育行政等について規定しています。
伝統・文化の尊重、家庭・郷土・国家の重視、宗教的情操を育むため、法律の見直しが必要と提言した教育改革国民会議の報告を受け、いま、中教審で改正の検討が行われ、国会に改正案が提出されようとしています。愛国心の明記に消極的な連立与党内の調整が折り合わないそうです。戦後60年を経て、この改正案が国会に上程されるにあたり、その慎重な取扱を求める声があちこちからあがっています。
「2004年6月に「中間報告」が公表されたことを除いては、すべて非公開で議論が進められており、国民に向けて開かれた議論が行われたとは言い難いというものです。そもそも「教育とは、本来、人間の内面的価値に関する文化的営みであって、政治的な立場や利害からは中立なものでなければならない。政府・与党内での合意のみで上程に至れば、時の政治的立場によって左右され、中立性がそこなわれることになりかねない。国家百年の計を誤らせることになる」という日弁連会長の声明に関心をもちました。
準憲法ともいうべきこの法律は、わたしと同年齢であり、旧教育から新教育にかわった戦後から今日までの60年間の日本の教育を支えてきた基本法なのです。あらためて読んでみると、前文には「民主的で文化的な国家を建設し、世界の平和と人類の福祉に貢献しようという決意を示した。この理想の実現は根本において教育の力にまつべきものである。われらは個人の尊厳を重んじ、真理と平和を希求する人間の育成を期するとともに、普遍的にしてしかも個性ゆたかな文化の創造をめざす教育を普及徹底しなければならない」と書かれています。改正にあたっては、わたしは聖書を基本にした考え方や議論が尽くされてほしいと願っています。「日の丸」や「君が代」に起立しなかった教師を裁くような法律ではなく、もし「愛国心」を唱えるなら「愛する対象は神と人なのです」から、そこのところを曖昧にしたり、偶像に置き換えてはなりません。神の愛や福音が広く国民に伝わり、永遠の命に繋がるような教育法に変わってほしいのです。今、広島県で、世界遺産となった「原爆ドーム」現地での野外の「平和教育」が県教委の圧力で実施できなくなり、県の教育界が大揺れに揺れているそうです。「愛国心」をめぐる教育界の大問題は、わたしの生まれた広島県と、現在わたしの住んでいる東京都が筆頭格のようです。神の特別な顧みがあるように祈っています。

そればかりでなく、苦難をも誇りとします。わたしたちは知っているのです。苦難は忍耐を、忍耐は練達を、練達は希望を生むということを。
希望はわたしたちを欺くことことがありません。
わたしたちに与えられた聖霊によって、
神の愛がわたしたちの心に注がれているからです。
―ローマの信徒への手紙5:3〜5―

― 企業のコンプライアンス ―
また、ビジネスや経営の分野では、相次ぐ企業不祥事が契機となって、欧米の企業を中心に発達してきた概念である「コンプライアンス」(企業倫理)が、多くの企業で重視されています。倫理意識の欠如を原因とする企業の不祥事が社会問題化し、企業が法律や企業倫理を遵守することの重要性が指摘されます。違法行為をしないという保守的なレベルから将来的なリスクを未然に防ぐという積極的な取り組みもあります。
「コンプライアンス委員会」等が企業内に組織されたりもしていますが、語源は「何かに応じること、従うこと、守ること」という意味のようです。企業側の具体的な取り組みとしては、社内ルールの確立や業務マニュアルの整備などによって、社員の意識を法令遵守という考え方に導く手法が行われています。法令も社会通念も変化するものですから、その変化する内容をも理解することが重要であり「コンプライアンス」は、企業が社会において信頼され、信用を得るための重要な基礎、基盤であるというものです。その違反に伴う制裁、責任を明確化して、企業に法令等を遵守させ「これによって企業が社会の信頼、信用を得ることである」と教えます。ミッションスティトメント(企業理念)の策定にあたっても、聖書を土台にしたものの考え方が支配して欲しいと望んでいます。企業教育にも「聖書」がベースになってほしいと願っています。神に従順に従うことが基本なのです。
「教育によって人を育成する」ことを考えるとき、「学校教育」や「企業教育」および「生涯学習」の根幹に一貫して流れる思想の中に「聖書の学び」をぜひ加えてほしいと思います。教育者の家庭に生まれ育ったこと、勤めはじめたころ、高校受験の際の「内申書」に思想や在学中の活動歴など不利益な事実を記載され、受験校すべてに不合格になった中学生が、学校と行政を相手取ったいわゆる「内申書裁判」を争い、現在では野党の国会議員として活躍する元中学生を、わたしがかって勤務した法律事務所で見ていたからです。偶像礼拝に走るこの国にクリスチャン議員が増え、この国が神の御心にかなう国に変えられるような至極あたりまえの改革を願っています。児童教育に英語を導入することについて「日本語も解らないうちに、英語を教えようという愚かな文部科学官僚」と広言する首長や為政者にも言いたいのです。外国の戦地に自衛隊の支援部隊を送り込む政策よりも、世界の平和を願う働き手を多く起こすような教育を実施して欲しいのです。教師を縛る「管理教育」ではなく、学校や家庭、公共施設が「生涯学習」できるような社会に改革してほしいと祈っています。

彼らの目の涙をことごとくぬぐい取ってくださる。もはや死はなく、もはや悲しみも嘆きも労苦もない。最初のものは過ぎ去ったからである。
―ヨハネの黙示録21:3〜4―

― 赤裸々なあかしを配っています ―
「問題解決は後回しでよい。ビジネス・チャンスを失ったら、明日がない」とばかりに、会社はパワーを全開して、営業成績の向上に力こぶを入れています。かっては、優秀な人材を問題解決に当て、営業はそこそこにしていましたが、いまや各企業とも問題解決を後回しにしてでも、ビジネス・チャンスを生かそうとして全精力を注ぎ込んでいるのです。そこまでしてもマーケットでビジネス戦に破れた「負け組会社」は衰退し、失望し、悲しみにあえぎ、悶えている現実があります。このような経済環境に置かれた現状で、企業は「営利のためなら何をやってもよいというものではない」という気運が生まれ、企業活動の行き過ぎが社会問題化して、企業倫理が問われています。そして、コンプライアンスが盛んに唱えられています。会社の中には社員の宗教活動にアレルギーがあります。営利を追求すべき職場の秩序を乱すという理由から、宣教・宗教活動に熱心な社員をマークしています。職場で「クリスチャンである」と宣言して、同僚や上司に福音を伝える社員はほとんどいません。そこで、やむを得ず「隠れクリスチャン」になっている人が多いのです。しかしわたしは、入社のときから「教会に通っています」と言っています。キリスト教の集会案内やトラクトなどを他の社員に平気で配っています。「福音のためなら何でもしよう」そう決意して最初に手をつけたことは、社内で自分の「あかし」を配布することでした。当初は、「恥の集約」と言えるわたしの「あかし」を配ることにはさすがに躊躇しました。「あかし」を好意的にとらえてくれそうな人をあらかじめ選んでは、トラクトを小出しに手渡しています。トラクトを事前に配布して「もらい癖」をつけておき、恥かしそうに「あかし」を混入しました。読後「ずいぶん赤裸々ですね。でも感動しましたよ。あそこまで書くとは…」と驚いてくれる人が多かったことに感謝しています。もともと、神がご存じのどのような秘密も正直に書いたのですから、恥かしさはもう超越したはずです。でも、「わたしは危険人物です。罪人です」と自ら宣伝をしているのですから、やっぱり恥かしいものです。わたしの「あかし」を読んで、つまずいたり、偏見をもたれたりしたら台無しですが、これからもわたしは「あかし」を書いて、撒き続けようと思います。サラリーマンに復帰して働くようになったわたしが励まされた次の聖書のことばがあります。
「わたしはあなたの前に行って、もろもろの山を平らにし、銅のとびらをこわし、鉄の貫の木を断ち切る」(イザヤ45:2)とあります。このみことばを知らなかった50年間とこの数年間は、わたしにとって、まことに異質の世界が拡がりました。行動様式も人とのかかわり方、楽しみ方がまったく変わりました。いわば、精神的、物質的、経済的、社会的すべてに変化がおきました。たとえ貧しくても喜べました。懲らしめられているようでも愛されていました。「きょうを生かされたのだから、あすも生かされる」と確信しました。けっして悩むことも揺らぐこともありません。自分が生きるのではなく、自分は生かされているのだと思えるようになったのです。イエス・キリストの無限の愛にこころから感謝をします。「いかに幸いなことでしょう 背きを赦され、罪を覆っていただいた者は。いかに幸いなことでしょう 主に咎を数えられず、心に欺きのない人は」 (詩篇32:1〜2)

わたしの魂は塵に着いています。み言葉によって、命を得させてください。
わたしの道を申し述べます。わたしに答え、あなたの掟を教えてください。
あなたの命令に従う道を見分けさせてください。わたしは驚くべき御業を歌います。
わたしの魂は悲しんで涙を流しています。御言葉のとおり、わたしを立ち直らせてください。
偽りの道をわたしから遠ざけ憐れんで、あなたの律法をお与えください。
信仰の道をわたしは選び取りました。あなたの裁きにかなうものとなりますように。
主よ、あなたの定めにすがりつきます。わたしを恥に落とさないでください。
あなたによって心は広くされわたしは戒めに従う道を走ります。
―詩篇119:25〜32―

(2006年 6月 記)


 


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